▽ 砂漠の大陸
「さ、どこに行こうか、旦那?」
ルウがセントシュタインに行っている間、レスターがステラを連れてダーマ神殿へ行っていた。ステラを正式な魔法使いにするためだ。残ったリオは、次の目的地を検討中である。
「一番近い大陸は……ここか?」
「グビアナだな。大きな国があるぞ。あそこは毎日市場(バザール)が立つから、オレ達にとっても都合が良いな」
「バザール?」
ホエルの口から知らない単語が出てきて、リオは聞き返した。
「バザールってのは、店のかたまってる場所のことだ。グビアナは建物を建てるための丈夫な資源が少ないから、教会とか住む家を優先して建てる。商売人はテントを張って売買をするのさ。向こうの言葉で、スークとか呼ぶんだぜ」
ものを売り買いする場所があるなら、女神の果実も流れてきやすいだろう。砂漠をひたすら探しまわるのは避けられそうだ。
「わかった。皆が戻ってきたら、グビアナに向かってくれ」
「了解したぜ、旦那」
◆ ◆ ◆「魔物が出たぞーっ!」
甲板に立っていた一人が叫んだ。船を出すと、大きいものは魔物が乗ってくることがある。だから船乗りは腕も立たなくてはならないのだ。乗ってきた魚の魔物は、レスターが素早く後ろに回りこんで海に蹴り落とした。
「よし、陸が見えてきたな。旦那、こっちはもう良いから降りる準備をしときな」
ホエルが遠くに目をこらして言った。確かに、ぼんやりと平べったい影がリオにも見えた。
「ああ、わかった。レスターを頼む」
リオは、甲板の手すりにもたれているレスターを見た。魔物を追い払うのに動いているときは問題ないが、それ以外のときはやはり船は苦手なようだ。船室にいるより外に出た方がいくらか気分が楽になるらしい。が、それでもかならつらそうだ。
「任せときな」
ホエルはにんまりと笑って言った。レスターの方に歩いていくのを見送ったリオは船室に向かった。
「そろそろ着くそうだ」
リオはルウの使っている部屋の扉をノックして言った。すぐにルウが中から出てきてくれた。
「ちょうど良かった。ステラの着替えも終わったところだよ」
ルウは扉を引いて、リオに部屋の中を見せた。ステラが魔女の服の一式を着て立っていた。身体にぴったりと合った濃いピンクのトップスは、背中が広くあいていて、肩や腰に金色の装飾が入っている。それに合わせたズボンは裾がゆったりとまるい独特のかたちだ。サンダルはアンクレットつきで、小さな玉飾りがついている。ステラがくるりと回転すると、服についたアンクレットと揃いの飾りがシャラ、と小さな音をたてた。
「……ステラ、ちゃんと食べてるのか?」
リオなまじめな顔をして言った。ステラが肩を落としたのは言うまでもない。
「え……そこ? もっと何か言うことあるでしょ」
「よくそんな細い身体で旅に出る気になったな」
「ちっがーう! リオってばデリカシーなさすぎ、っつーか教育がなってない! 本当に一体どこの生まれよ!」
ステラがそう言ったあとの一瞬、にぎやかだった空気がさめた心地がした。はっとして口をつぐむ。
「ご、ごめん、アタシ……」
「……いや、ステラにもいつかは言わなければならなかったことだ。グビアナに着いたら話す。それを聞いて、ステラがこの旅に参加するかしないか、意志が変わっても俺は咎めない」
リオは、ルウが最近見なかった無機質な表情をして言った。二人にはやく準備をするように念を押すと、静かに部屋から出ていった。
「アタシ、リオに嫌われたかな」
ステラかしょんぼりして呟いた。せっかく、仲間として認めてもらえたのに。
「違うよ。リオは心配しているの。ステラはきっとすごく頼りになるけど、また一人この旅に巻きこむのが怖いんだよ」
ルウは、リオの弱さを知っている。直接人間と触れ合うことのできない、天使という種に特有の弱さを。
「それって、リオの出身と関係ある?」
「うん。だから私はこれ以上話せない。リオは絶対に約束を守ってくれるから、待っていて」
「……うん」
◆ ◆ ◆ステラがよく晴れた景色に目をこらした。砂漠がはるか彼方まで続いているように見える。
「うわー! 一面、砂だらけ!!」
「はー、地に足がついてるって幸せだー……」
まもなく、リオ達一行はグビアナ砂漠に降り立った。まだまだ低い位置にある太陽が、辺りを黄金に輝かせている。
「旦那ァー! 絶対に、水を我慢したら駄目だからなー!」
ホエルが船上から力いっぱい叫ぶ声が聞こえた。リオは了解の意味をこめて、皮の水筒をかかげてみせた。船の人達が、一人にひとつずつ持たせてくれたものだ。ホエルは満足げににかっと笑うと、自分の作業に戻っていった。
「よし。まっすぐ東、太陽に向かって歩く」
三人は大きく頷くと、リオを先頭にルウ、ステラ、レスターの順に並んで歩きはじめた。
少しずつ高くなる太陽が、一行をじりじりと照らしつける。
「暑っつ……! こんなとこに国なんて本当にあるのぉ!?」
さっそくステラが文句を言いはじめた。一時間も経つと、ステラの持つ水筒の中身はすでに半分になってしまっていた。
「大丈夫ー。太陽はもう一番高くなるところまできたからー、もう少しだよー」
「ステラ、お水足りる?」
ルウがまだふた口ほど――それでも、なかなか長いひと口だった――しか飲んでいない自分のぶんの水筒を、ステラのものと取りかえた。ステラは遠慮がちに「ありがとう」と素直に受けとった。
「ルウちゃんも飲まないとだめだよー?」
「うん。でも今は平気だか、らっ!」
ルウは笑って先を歩くリオを追いかけて、つまずいた。とん、と前を歩くリオの肩につかまって、転ぶのは何とかまぬがれた。リオが首だけで振り返る。
「大丈夫か?」
「……ち、力が入らなくなっちゃった」
疲れを自覚したからか、急にルウの膝ががくんと折れた。リオはあわててルウの腰に手をまわした。するとリオの肩を掴むルウの手に力がこもった。
「私、こんなんばっかりだ」
「ルウのせいじゃない。……レスター、俺の荷物を手伝ってくれるか」
「もちろんだよー」
リオはルウをその場に静かに座らせた。水筒だけを首からさげ、残りの荷物をすべてレスターに手渡した。ステラがルウの肩からかばんを引っぺがした。
「弱ったときくらい、遠慮するな」
リオはレスターの手を借りてルウを背中に乗せた。ルウの身体はぐったりして、心臓の鼓動がはやい。十分な水分を摂らなかったからだろう。しかし自分で水を飲む体力も残ってなさそうだ。今まで、何がルウを歩かせていたのだろうか。
「もう少しだ。頑張れ」
リオのこめかみからあごまで、汗がひとすじ流れた。
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