▽ 商人の船
マウリヤが用意してくれたルウとステラの部屋は続き部屋になっていた。いち早くそれに気づいたステラが、まくらを持ってルウの部屋に飛んできた。二人は仲良く寝支度をしている最中だ。
「そういえば、お家の方はちゃんと説得できたの?」
今までは一人部屋で寂しかったのか、ルウは楽しそうにステラの髪をとかしていた。ステラもベッドの端に脚を投げ出して、うきうきしながらぶらぶらと動かしていた。
「うん。なんかみんな『やっぱり』って顔してた。家のことは何も心配いらないよ、ってお兄ちゃんも言ってくれた」
「お兄さんがいるの?」
「アタシのお母さんが結婚する前の奥さんの子。腹違いってやつ」
貴族の間ではよくあることなのか、ステラは大して気にしたふうでもなく言った。
「そう……。でも、仲良しなんだね。羨ましい」
ルウはブラシをナイトテーブルに置き、ステラの髪を三つ編みにしはじめた。こうすると寝ぐせがつきにくい。教えてくれたのは、ルウの母だった。
「でも、ルウには大切な人がいっぱいいるんでしょ? レスターに聞いたよ」
「うん。ステラも大切な人。だから私は寂しいと思ったことはないよ」
ステラは照れたのか、口元をむずむずさせた。ルウが髪をいじり終わると、ステラはベッドから跳ねおりた。
「ねえ! せっかくだからそのドレス、着てみてよ!」
ステラは真ん中のテーブルに広げられたドレスを指さした。ルウが部屋に入ったときに置かれていたものだ。マウリヤが、ルウにはじめて会ったときのことを覚えてくれていたのだろう。膝丈のワンピースタイプで、腰から裾にかけて重なった生地は淡い青から緑のグラデーションになっていた。
「えーっと……着ても似合わないと思うんだよね。それに、こういう服はもっと特別なときに着たいから」
「そっかぁ、残念。それ、持ち歩くの?」
「ううん。一回戻って、家に置いてこようと思って」
「明日? アタシもついていって良いかな?」
「うーん、すぐに戻るから、ステラの見たいものを見る時間はないよ。それでも良い?」
「なぁんだ、ルウの知り合いに会えるとかじゃないんだ。じゃあやめとこ」
「また暇のあるときにね」
「楽しみにしてる。髪、ありがとう。もう寝るね」
「おやすみなさい」
「おやすみ!」
◆ ◆ ◆翌朝。
ルウを除いた三人は、舟番のカシミロの待つ船着き場へ向かった。天気は良好。吹いてくる風は、ほのかな潮のにおいを運んできた。いつか最近かいだにおいと少し違うにおいを、レスターは思いきり吸いこんだ。魚が食べたくなった。
「おお!! 待っとったぞ、お前さん達。出発の準備はとっくにできておる!」
停泊してある大きな船から、老人の声がした。わたわたとやって来て、一人の男性を紹介した。
「乗組員の頭領じゃ。ここにいる乗組員達は、再び船を走らせると聞いて喜んで集まった者達じゃよ」
たくましい肉体の四十代くらいの男性が、リオの方に歩いて握手を求めた。
「ホエルだ」
「……リオ」
リオはホエルと握手をした。ホエルは満足げに豪快な笑顔を浮かべた。
「大商人様が亡くなってからもこの船に乗れるなんて夢みたいだ。本当にありがとう。しかしこんな若いパトロンだなんてなぁ!」
「船を持つのは初めてなんだ。俺は何をしたら良い」
「あんた、探しものがあって世界を回ってるんだってな? だったら話は簡単。行き先を決めてくれれば良い。オレ達海の男は基本、船の上で生活するから宿代もいらない。ただし、貿易で儲けた金はすべてこちらがもらうことになる」
「都合良く運んでもらえさえすれば構わない。必要ならできるだけ支援もする」
「よし! 決まりだ。金にうるさい貴族よりよっぽど良い条件だね。もう出発はできるが、行き先は決まってるのかい」
あっさりと決まってしまった。海の男とやらは細かいことは気にしないものらしい。レスターとステラが船の方を見ると、船上で忙しく動く人影が見えた。結構な人数が集まったようで、マキナの父親の人柄を表したようだった。
「いや、まだ連れが一人いる。そいつが来てから決めるつもりだ」
「そうかい。じゃ、そのお連れさんのことは親父に任せてこっちに来な。船内を案内しよう」
「そうしなさい、そうしなさい。好きな船室を選んでくつろぐと良い。パトロンには失礼のないようにな」
カシミロは目尻に皺を寄せて笑った。長旅になりそうだと思うと、レスターはすでに吐き気がした。
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