アリアドネの糸 | ナノ

▽ よっつめの果実

リオ達がサンマロウに戻った頃には、すでにマキナの旅立ちの知らせが町中に広まっていた。マウリヤの行動のはやさは目をみはるものがあるな、とリオは思った。

「無事に事件も解決したことだし、アタシのお手伝いももう終わりだよね」

「ステラはこれからどうするの?」

ルウはリオを横目で見ながら、心配そうに聞いた。

「アタシは家族と話して家を出る。後継ぎはいるんだから、誰も困らないし。それに、ルウ達が違う大陸から来たってことは、船着き場の定期船がまた動いたってことでしょ? だから、大丈夫」

はじめリオが突き放していたからか、ステラはひとりで動く決心をしていた。もう、箱入り娘ではない。

「それじゃ、お世話になりました」

ステラはそのまま歩き去っていくかと思ったが、思い出したように振り向いた。

「あ、リオ。これ……」

キラーピアスだ。リオはこれを渡すときに「あげる」とは言っていなかった。美しい短剣を差し出すステラは気丈にふるまおうとしているが、名残惜しそうな顔は隠しきれていない。

「気に入ったんだろう? 先行投資だ。持っていけ」

リオは当然だというふうに言った。ステラの顔がみるみる明るくなるのがわかる。

「あ、ありがとう!! えっと、それじゃあ、またね。本当にありがとう」

ステラは今度こそ、自分の家に向かって歩いていった。華やかなピンク色の髪が、町の中に消えた。

「ルウちゃん、あんまり嬉しそうじゃないねー」

レスターがにやにやしながら言った。ルウは反対にふてくされたような、悲しいような顔をしている。

「てっきりステラもつれていってくれると思ってたのに」

「つれて行くぞ」

「……え? でも、」

「自分で家の人を説得できたらな。さて、ステラの出発に間に合うように用事を済ませるぞ」

リオはマキナの屋敷へさっそうと歩いていった。ルウはその後ろ姿を追いながら、リオに対して怒ってしまったことを反省した。辺りはすでに夕焼けで赤く染まっていたが、リオの髪色だけが昼間のように晴れていて、緑のにおいがした。



◆   ◆   ◆




マキナの屋敷の周りには、取り巻きの人々はもういなくなっていた。中では、解雇された使用人達が戻ってきて忙しく動き回っている。

「結局、戻ることにしたんですね」

「はい。マキナ様がさらわれたとき、どうしてこの家にいなかったのか、わたくしは自分を責めました。そして決心したのです。今度こそ、何があろうと執事としてこの家を守ると」

中には他の働き口を見つけて戻らなかった人もいたようだが、手入れと管理だけならそこまで手はいらないだろう、と執事は話してくれた。この屋敷はもう大丈夫だ。何も心配はいらない。

リオ達はマキナの部屋に向かった。マウリヤがいつもいたこの部屋は、いくらか掃除はされていたようで、メイドは後回しにしたようだ。他にもっと掃除が必要な部屋はたくさんある。リオは寝室の奥の扉を開けて中庭に出た。潮のにおいがリオ達を包んだ。

「こんなところがあったなんて」

「お墓があるー」

「マキナと両親のものだ」

リオはマキナの墓の傍に座っているマウリヤを見つけた。マウリヤは膝の上に女神の果実を乗せて、リオ達の来た扉を見つめていた。リオはマウリヤのところまで歩いた。目の前に膝をつき、果実を両手で拾いあげた。

[リオは女神の果実を手に入れた!]

「どうか、幸せに」

リオはマキナ最期の言葉を呟いた。マウリヤの口角が、かすかに持ちあがった気がした。

「あらまあ、マキナ様のお人形、こんなところにあったのね。見つかって良かったわ」

優しそうな顔の老婦人がやってきて、マキナを重そうに抱えた。レスターがさっと駆けよって、持ちやすいように位置を調整してあげた。老婦人が「まあ、どうもご親切に」と会釈をした。

「さあ、マウリヤちゃん。お部屋でマキナ様の帰りを一緒に待ちましょうね」

老婦人はゆっくりとマキナの寝室に入る扉に歩いて、ああ、と思い出したように振り返った。

「そうだわ、旅人の方々。マキナ様が、約束どおり船は差し上げる、とおっしゃっていましたよ。舟番のお爺さんにも、話してあるそうです。けれど今日はもう遅い時間ですし、町の宿屋に部屋をご用意しましたのでお泊まりください。では、失礼しますね」

老婦人は、またゆっくりと歩いて屋敷へ入っていった。



◆   ◆   ◆




屋敷を出たリオ達はすぐに宿屋に向かうように促されたため、ステラを捕まえることができなくなってしまった。しかし実際に向かってみると、部屋は四つ用意されており、ひとつはすでに使用されているという。

「あ、ルウだ。おーい」

ステラが丈夫そうなかばんを背負って廊下を歩いてきた。

「さっそく船着き場に行こうと思ったらなんか呼び止められちゃって。どうしようかと思ってたんだよね」

「マウリヤちゃんが用意してくれたんだよー」

「ステラのことも仲間だと思ったらしいな。もう外も暗いし、そのまま泊まれ。明日の朝、一緒に出よう」

「うん。……うん?」

リオの言動に疑問を覚えたのか、ステラは首を傾(かし)げた。発言の意図がわかったルウは、途端に笑顔になった。

「リオ、それじゃ……」

「ああ。ステラにも、女神の果実を集めるのを手伝ってもらいたい」

リオはステラの反応を見た。ステラは何を思ったのか、ぽかんと口をあけたままだ。リオは狙いどおりだ、というふうに口元を綻(ほころ)ばせた。

「来てくれるか?」

「い……行く! え、本当に良いの? アタシ、ルウ達の役に立つ?」

ステラはルウとレスターに目を向けた。二人とも異論はない、とそれぞれ頷いた。

「ズオーと戦ったときは、ステラがいなかったら勝てなかったかもしれないよね」

「そーいうことー。ステラちゃん、よろしくねー」

ステラは視線を下げ、口元をむずむずさせた。表情から喜びが滲(にじ)み出ているのがわかる。

「うん、よろしくね!!」



[ステラが仲間に加わった!]

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