▽ マキナとマウリヤ
ズオーの身体が崩れ落ちた。ところどころが爆発で焦げているのが見えた。
「やっ、たぁ」
ステラはその場にぺたんと座った。まさかルウがあんな危険なことをすると思わなかった。頑張って何とか冷静を保っていたが、ほっとして力が抜けたようだ。
「おーい! お嬢さーん!!」
誘拐犯の二人がリオ達の入ってきた入り口から走ってきた。真っすぐに倒れたままのマウリヤのところへ向かう。
「お、お嬢さん……!? しっかりしろ! おいっ!!」
アニキと呼ばれていた男が、マウリヤの脈をとった。しかしマウリヤは人形なのだから、心臓はないし血も流れていない。男は真っ青な顔をした。
「……やべぇ、死んでる……」
「アニキぃ〜!」
子分の男はうろたえるような声を出した。これでは身代金も何もあったもんじゃない。
「ああ、びっくりした」
突然、マウリヤがぱちりと目を開けて何事もなかったかのように立ちあがった。いつもどおりの笑顔で、ささっとスカートの裾についた土を払った。
「し、死んでたはず……なのに……」
誘拐犯の二人は驚いて後ずさった。
「こんな恐ろしいことはもうまっぴらだ! おい、ずらかるぞ!!」
「たっ助けてくれー! こいつ、化け物だぁーっ!!」
誘拐犯は走ってもと来た道を逃げていった。いつも笑顔を絶やさなかったマウリヤの顔色が、しゅんと悲しくなった。
「ばけもの……。知ってるわ。絵本の中に出てくる悪い生き物のこと。みんなの嫌われもの……」
マウリヤが、両手でスカートの裾をぎゅっと握った。
「本当はわかってるの。うまく、できないの。みんな、本当のお友達じゃない。ものをあげるときだけ来てくれるの。本当はわたしはいらないの。マキナのために、たくさんお友達つくりたかったけど……わたしはばけものだから、だめなのね……」
――あなたは、化け物じゃない。大切な、私のお友達……
リオの頭の中で、声がした。他の三人をふり返るが、誰もマウリヤを見つめるだけだった。
「大好きなお友達よ。マウリヤ」
今度はルウにも聞こえたようだ。マキナの霊が、ふわりと降りてきた。ステラはルウとリオの視線を追ってみたが何も視えず、不思議そうな顔をした。マウリヤにはもちろん視えたようで、ぱっと笑顔になった。
「おかえりなさい! どこへ行ってたの? ねぇ、今日は何して遊びましょう?」
マキナはゆっくりと首を振って、否定の意思を示した。
「ごめんなさい。もう、遊べないの。もう二度と、遊べないの」
マウリヤはまたすぐに笑顔をくもらせた。
「わたしのこと、嫌い? 嫌いになったから遊ばないの?」
「……ひとりぼっちだった私を、マウリヤ。あなたが支えてくれた。でも今は、あなたがひとりぼっち」
「なあに?」
ひとりぼっち≠ニいう言葉を知らないのか、マウリヤは首を傾(かし)げた。そんな言葉をマキナは使うことがなかったのだろう。
「私を幸せにしてくれたあなたを、私は……」
「ええ、マキナ。わたしも、あなたと一緒ならいつでも幸せ!」
マウリヤは無垢な笑顔を向けた。何も知らないこの笑顔が、マキナの心をずっとしめつけてしまったのだろう。純粋さは、時には残酷になってしまうのだ。
「ごめんなさい……ごめんなさい。あなたはもう自由になって。私の願いに縛られないで」
マキナは流していた涙をそっと拭いた。淡い青緑色の光が、身体を包みはじめた。
「私は、マキナ。あなたは、マウリヤ。……私は天使様と一緒に、遠い国へ旅立ちます。だからあなたも……偽物のマキナじゃなくて、人形のマウリヤに戻って……」
マキナを包む光が強くなり、身体が宙に浮かびあがった。もう何も思い残すことはない。マキナは目を閉じ、光とともに消えた。
――マウリヤ……大切な、お友達……ありがとう……どうか、幸せに……
昇天していくマキナを視ていたマウリヤが、視線を戻した。
「マキナは、遠い国へ旅立つ。わたしは、人形マウリヤに戻る……。でもその前に、マキナは旅に出るって町のみんなに教えてあげなくちゃ」
マウリヤはマキナの最期の言葉を守るために、すぐに出口へ向かっていった。
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