▽ 秘められた力
「えー? ステラちゃん今ー」
呪文を使えるかもしれない。ステラは真面目な顔で言った。
「もしかしたらだけど、できるかもしれないの」
「ちょ、待って! 危険すぎるよ!!」
レスターが、立ち上がろうとしたステラの腕を掴んだ。口調がかなり焦っている。
「アタシも一回しかやったことないし、多分一回しか唱えられないと思う。けど、ちゃんと勉強したの!」
ステラがレスターの手を振り払い、リオとルウに向かって叫んだ。
「ルウー! リオー! ズオーから離れてー!」
ズオーと競(せ)っていた二人が顔を見合わせた。ステラの発言の意図が掴めないからだ。
「?」
「……とりあえず距離を取るぞ」
「うん」
リオとルウが離れたのを確認すると、ステラは短剣を抜いた。暗い緑色の刀身が鈍く光る。そして大きく息を吸った。
「いっくよぉ! “イオ”!!!」
ステラが剣先をズオーに向けて呪文を唱えた。細い光が走ったかと思うと、ズオーの周りで爆発を起こした。
ズガガガガン!!
「……嘘」
「わーステラちゃんすごーい!」
「これでかなり体力削れたでしょ!」
ステラは走ってレスターの傍に戻り、短剣を鞘におさめた。少し息があがっている。
「大丈夫ー?」
「あ、あんなに大きいのははじめて。ルウ達に当たらなくて良かったぁ」
ほっとしたのもつかの間、ズオーは先ほどの攻撃で完全にステラをマークした。一直線に向かってくる。
「レスター! ステラを頼む!」
レスターはすぐにステラをひょいっと抱え、走り出した。リオは自分に注意を向けるために矢を放った。しかしズオーはステラだけを見据えている。リオは舌打ちをした。
「ステラのあの呪文、もう一度できないかな」
「難しいな。ステラは今のところ無職だ。けれど、独学でイオを習得したのは相当な実力だ。魔力を回復させることができれば、あるいは……」
リオの前向きな発言でルウは確信した。ステラの力を借りれば、ズオーを倒せる。レスターを追いかけ、ステラに声をかけた。
「何か、魔力を回復させる道具は持ってる?」
「も、持ってない」
「……わかった。レスター、リオと一緒に時間を稼いでくれないかな。私に考えがあるの」
ルウはそう言って手荷物の中身をちら、とレスターに見せた。レスターは心得たように頷き、ステラをおろした。そして向かってきたズオーの顔面を、素手でぶん殴った。
「うわ、痛そ」
走りながら、ステラが呟いた。そうだね……と答えそうになったがそんなことを言っている暇はない。ある程度の距離を取ると、ルウは魔法の聖水を取りだしてステラにかけた。
「冷たっ!?」
「魔法の聖水だよ。これでステラはもう一度呪文を唱えられるから」
狙われないように地面にしゃがみ込み、空のビンをしまいながらルウは冷静に言った。
「……本当?」
「うん。でも、もっと爆発をズオーに集中できないかな」
ルウは「無理はしないで」という表情だったが、ステラはどうしても役に立ちたかった。自分が、ルウ達の弱点を埋められるかもしれない。
「アタシが呪文を唱える瞬間だけ、ズオーが動かなければなぁ……」
「それなら私が、止めてみせる」
ステラは小さく呟いたつもりだったが、ルウはしっかり聞いていた。ルウは槍を構えて駆けだし、リオとレスターに向かって叫んだ。
「ステラがもう一回呪文を唱えるから離れてっ!」
リオとレスターは互いに頷きあうと、それぞれ別れるように距離を取った。ズオーは、標的が二手に別れたのでまごついた。すぐにルウが向かってきたため、標的をそちらに変えた。
「ルウは何をするつもりだ!?」
リオは援護しようとして弓を引いたが、レスターに止められた。
「任せて、って言ってたからー」
リオはおとなしく弓を下ろした。心配そうにルウとステラを見た。ルウはズオーが自分のことしか考えなくなるまで根気よく逃げつづけ、何かのタイミングをうかがっているようだ。
「……今だ」
ルウが素早くステップを踏んで方向転換をした。槍を胸の近くまで引き、ズオーの脚に向けて突き刺した。
「ズオォォオ!!」
槍はズオーの脚を三本捉え、地面にしっかり刺さった。ルウが弾けるように走り出した。
「ステラ!!」
ステラは名前を呼ばれると大きく頷き、短剣を握る両手に力をこめた。
「ルウ!! 跳べ!!」
「ルウちゃん跳んで!!」
ステラに気をとられていたルウは、ズオーが地に脚をつけたのに気づかなかった。ズオーは膨らんだ腹の先をルウに向けて、猛毒弾を放った。
「イオ=I!」
ルウが跳んだのと同時にステラが呪文を唱えた。爆風が巻き起こり、ルウが飛ばされて身体がふらついた。
「ルウ!」
咄嗟にリオが飛び出し、ルウを抱きとめた。ルウはリオのコートの鎖骨あたりを掴んでうめいた。
「大丈夫か!?」
「ちょっとかすっただけだよ。大丈夫」
ルウは自分の手荷物から毒消し草を取り出して治療した。リオはほっと安心してズオーの方を見た。ズオーは呪文の威力をもろに喰らったためか、ぴたりと動きを止めていた。
「やったか……?」
リオの呟きに反応するように、ズオーの身体が崩れ落ちた。
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