アリアドネの糸 | ナノ

▽ ズオー戦

さらわれたマウリヤを追ってサンマロウ北の洞窟にたどり着いたリオ達一行。しかし、誘拐犯との交渉が成立した矢先、なんとマウリヤは脱走してしまっていた。アジトの先は危険な魔物も多く、誘拐犯達も近づきたがらないが、これも果実のため。四人は先を急いでいた。

「……ん」

途中でレスターが小さくうなった。それを聞いたリオが振り返る。

「どうした? 何かにおうのか?」

「え、何もしないけど」

「違うよ、ステラ。レスターは私達みたいな人間よりもずっと鼻がきくの」

「へー……」

ルウの言い方はまるでレスターが人間じゃないと言っている気がしたが、ステラは黙っておくことにした。多分、聞いてはいけないことだから。

「湿気に混じって毒のにおいがするなー。虫の毒ー」

「すご、そんなことまでわかるんだ」

ステラが感心したように言った。

「……聞いてないぞ」

「ルウには言ったもん」

何のために連れてきたと思ってるんだ、とリオが睨むと、ステラは負けじと舌をべえっと出した。ルウが苦笑しながら間に入る。

「ここの洞窟、妖毒虫ズオーっていう主みたいなのがいるんだって。一応、毒消し草いっぱいつめてきたし、万能薬も少しあるから」

「そうか。……湿気というのは?」

「もう少し行ったら滝がある。多分それのことだと思う」

ステラが答えた。レスターの感覚はそれほど正確だということだ。先を歩きながら、リオは少し考えた。

「湿気に乗って毒のにおいがやってきたと言ったな。もしかして、霧になっているんじゃないか?」

「アタシそこまでは知らない。全部人から聞いたり本で読んだりして知ったことだから」

「用心に越したことはないと思うよ。マスクか何かする?」

「用意できるか?」

「多分。余分な布があれば」

「それならー、僕ハンカチいっぱい持ってるよー」

レスターが自分の手荷物からハンカチをわさっと取り出した。情報収集のときに貴族の令嬢からいただいたものだ。シルクのものや、細かい刺繍の入ったものなど色とりどりだ。

「使って良いの?」

「命の方が大切だからねー。使って使ってー」



◆   ◆   ◆




「うわー、リオ君の読み通りだね」

「うん……結構濃くてすごいかも」

北の洞窟の最深部。リオの思っていた通り、毒の霧が充満していた。空気に紫がかっている。

(アタシからしたら、一枚何千Gもするハンカチをマスクに使う方がよっぽどすごいんだけど……)

やたらと肌触りの良いマスクに手を触れながら、ステラは独りごちた。ルウがつけてくれた解毒剤の香りが、つんと鼻をついた。

(でも、ハンカチもその方が幸せなのかも)

しっかりプレスされた紳士のスーツの胸ポケットに収まっているより、ハンカチとして利用された方が良い。おかたい貴族の令嬢のステリアーナより、ただの女の子のステラとしてつき合ってくれた方が良い。

「……奥に何かいるな」

考えこんでいたステラは、リオの声ではっとして前を見た。マウリヤだ。ルウがおそるおそる声をかけた。

「マウリヤさん?」

「あら、ごきげんよう。どうしてわたしの名前を知ってるの?」

振り返ったマウリヤは、先ほどリオを怒鳴ったことなどなかったように笑顔を向けた。

「わたし、新しいお友達と遊びにきたの。ヒゲとマスクのお友達。でも、ちっとも楽しくないから散歩してたのよ。あなたは? お散歩?」

このお嬢様はなんと誘拐犯をもお友達にしてしまうらしい。呆気にとられてぽかんとしていたルウだったが、急に硬い顔をした。マウリヤの背後に、巨大な蜘蛛が音もなく下りてきたのだ。マウリヤはルウの目線に気づいて振り返った。

「だ、だめ!」

しかしマウリヤは全く動じずに、にっこりと笑って上品にお辞儀をした。マキナとそっくりのしぐさだった。

「ごきげんよう。あなた、とってもユニークね。わたしのお友達にならない?」

マウリヤのお友達は人間でなくても良いらしい。だが、蜘蛛に人間の言葉がわかるはずもなく、邪魔なものを払うように前脚を振り上げた。

鈍い音がして、マウリヤが吹っ飛んだ。

「ズオオオオオ!!」

[妖毒虫ズオーが現れた!]

「うわキモ……鳴いたよ」

「マウリヤ!!」

ルウは迷わずマウリヤのところまで駆けよった。ズオーがその姿をじっと追っている。リオはすかさず弓を引いた。

「ステラは離れていろ! レスター! あの蜘蛛をルウに近づけるな!」

ここに来るまでにステラは何度か魔物と対峙したが、一人でとどめを刺すまでの実力には至っていない。ボスクラスの魔物では手も足も出ないだろう。ステラはおとなしくリオに従ってその場を離れた。レスターは素早くズオーの後ろに回り、脚のつけ根に蹴りを入れた。

「んー……まずいかもー」

「どうした?」

「リオ君ー、離れてー!」

天井から糸でぶら下がっていたズオーが地面に腰を据えた。そして大きく膨らんでいた腹の先をリオ達に向けた。

「この蜘蛛、毒持ってたー!」

レスターが叫びながらズオーと距離をとった瞬間、紫色の塊が発射された。塊の落ちた地面が、ジュゥウ……と煙をあげた。

「溶けた!?」

「ステラ! なるべく遠回りしてルウと合流しろ!」

ステラは壁いっぱいまで大きく回り、マウリヤの倒れているところまで走った。ルウがすぐに束になった毒消し草を取り出してステラに渡した。

「レスターがもし当たっちゃったら、ステラが治してあげて」

「え、アタシが!?」

「そう。私だけじゃ、間に合わないかもしれないから。けど、ステラもすごく危険。……やってくれる?」

「アタシにできるかな。アタシ……ルウ達の役に立つ?」

「頼ってるから頼むの。……できる?」

「やる!」

ステラはルウにもらった大きな布で毒消し草を包み、腰にしばりつけた。そこのすき間に短剣も刺した。また大きく回ってレスターの後方へ向かう。ルウはマスクをきつくつけ直し、リオのところへ走った。

「どうしよう?」

「レスターだと不利だ。俺は一応、長剣もあるが……」

メインアタッカーが十分な力を出せないとなると、考える必要がある。

「私の方が、有利だと思わない?」

「いや、だめだ。もっと確実な遠距離攻撃が必要だ」

「リオ、ルウ! そっち行った!」

ステラが叫ぶ。リオはぱっと飛びのき、ルウがズオーの脚を弾いた。二人が反応したのを確認すると、ステラはレスターに向き直った。

「レスター、腕……!!」

「ごめんねー、やっぱり僕じゃ相性が悪いやー」

ステラはレスターの上腕に毒消し草をあてた。

「相性?」

「そー。相性。あのねー、ステラちゃん。相手が飛び道具を使ってくるならー、こっちも飛び道具を使った方がやりやすいんだよー。それにー、毒なんか持っちゃってるしー」

「でも、リオしかそんな人いない」

ステラはきちんとリオ達の戦いを見ていた。呪文を含めた遠距離攻撃のできる人物はリオしかいない。ルウは回復呪文しか使えないし、レスターには魔力がない。

「そー。僕達は肉弾戦は強いけどー、火力のある呪文を使う人がいないんだよー」

呪文を使う人がいない。その言葉は、ステラをある考えに至らせた。

「火力……のある呪文、使えるかもしれない」

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