▽ 誘拐犯の逃げた洞窟
ステラの案内でさほど深くもない森を抜けて、リオ達一行はサンマロウ北の洞窟に入った。さらわれたマウリヤを救出し、誘拐犯にお灸を据えてやるためだ。
しかし、リオの我慢はすでに限界に達していた。
気の良いアニキと、オレのアジト
「……何だこれは」
「わざわざアジトって書く? 普通」
「きっと僕達が迷わないようにー、って立ててくれたんだよー」
「うん違うよね。ただのおばかさんだよね」
ステラは呆れたように言った。リオの計画的犯行案は、どうやら考えすぎだったようだ。いらだちはじめたリオに、ルウはおろおろしだした。
「あの、私達はマウリヤちゃんを助けにきたわけだから、他のこととか気にしている場合じゃ……」
「……そうだな。先に進むぞ」
それからも進む度に看板が設置されてあった。友好的にしようとしてくれているのだろうが、リオの機嫌を逆なでするだけで逆効果になっている。
「ね、なんでリオはあんなに怒ってんの?」
ステラは小さな声でレスターに聞いた。ルウは答えてもらえるほど余裕がなさそうだったからだ。レスターも難しい顔をしている。
「うーん、詳しくはリオ君から聞かないと駄目なんだけれどねー? リオ君の育った環境の影響だと思うんだよねー」
「何それ。キレやすい家系とか?」
「やだなー、違うよー。こういう悪い人を許せない性格のことー。リオ君はねー、人間をずっと見守ってきたんだー。ステラが生まれるずーっと前からー」
「ますますわかんない……。リオってどっかの古くさい民族の出身?」
「んー、半分くらいは当たってるかなー」
「おいおいおい! どうなってやがるんだ!?」
急に、太い声が聞こえてきた。四人は扉の開いた音の方へ顔を向ける。
「アニキぃ、あの娘、親なんかいないって言ってますぜ……」
今度は弱気な男の声だ。口ぶりからして、子分なんだろう。
「しかも、屋敷の使用人も全部くびにしちまったから、誘拐に気づく奴はいないって……。そういやあのお屋敷、人がいなかったような……」
「バッキャロー! 諦めるな! 家族がいなくても、友達とか……誰か一人ぐらいいるだろう! もうしばらく待つんだ。きっと誰かが、オレ達のために身代金を持ってきてくれるさ!」
「かっこ良いぜ! アニキぃーっ!」
呑気というか何というか、やはり計画性は皆無のようだ。リオはますます眉間に皺を寄せる。
「リ、リオ……?」
「大丈夫だ。こんなところで腹を立てても仕方ない」
そうは言いながらも、リオのあごで見たこともない血管が浮き出ているところを見ると、はらわたが煮えくり返ってるに違いない。ルウとレスターの顔が蒼くなった。リオが大丈夫だと言うので、四人はそのまま進む。
いらっしゃいませ。どうぞ、椅子に座りしばらくお待ちください
行き止まりに、簡素なテーブルと椅子が一組、ぽつんと置いてあった。脚が疲れたと言うので、ステラが椅子に座る。
「ねぇ、リオ」
「何だ」
「リオってどこの人? リオの故郷で何があったの?」
リオがレスターを睨んだ。ステラと一番長く喋っているのはレスターだからだ。
「ん? 何か人の声がしたような……。ちょっと見てくらぁ」
先ほど、アニキと呼ばれていた男が再び現れた。そしてテーブルの周りにいる四人に気づくと、大急ぎでこちらへやって来た。
「あんたら……! まさか身代金を……!?」
男は、椅子の上で脚をプラプラさせていたステラを見て言った。たったひとつしかない椅子に座っていたのがステラだったため、どうやらステラをリーダー格だと思っているらしい。
「だったらどーなのよ」
ステラもステラで貴族の性根なのか、もの怖じせずにさらりと答えた。そのあたりも、男に勘違いをさせている原因のひとつであった。
「いや〜あんた達良い人だ! 素晴らしい人だ!! 誘拐したかいがあった! 大丈夫。お嬢さんは元気にしてやがりますよ。かすり傷ひとつつけてません」
「さっさと連れてきなさいよ」
ステラのおかげで穏便に済みそうだ。このあとも穏便に≠ィ灸を据えられると良いのだけれど。ルウは切実にそう思った。
「おーい! お嬢さんをこっちに連れてきな!」
男のむさ苦しい笑顔を目の前に、しばらく時間が過ぎた。
「おーい! まだかーっ!!」
「あ、アニキー!! 大変だ!」
気弱そうな男の声が響いた。リオはそのとき、とてつもなく嫌な予感がした。
「何だ、どうした?」
「捕まえてたお嬢さんが、逃げちまった!!」
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