▽ お嬢様の願い
「私は……マキナ。この墓の下で眠る者です」
降りてきた霊はドレスの裾をつまんで、慣れたようにお辞儀をした。予想外のことに、リオとサンディは上を見上げてぽかんとする。しかしあのマキナにしては喋り方が落ち着いているな、とリオは思った。
「そして……さらわれたあの子は、私のお人形、マウリヤ。不思議な果実の力で命を宿した、私の大切なお人形……」
やはり、召し使いが取り寄せた果実というのは、女神の果実のことだったのだ。石の町で石像に命を与えたように、人形に命を与えたとしても何の不思議はない。リオは黙って先を促した。
「普通の子のように外で遊ぶことのできない私にとって、マウリヤだけがお友達でした。大好きで、大切なお友達……マウリヤと毎日遊んだ。とても、幸せでした」
マキナを名乗った霊は、リオの視線に応えるかのようにいきさつを話しはじめた。
「でも、私の病気はどんどんひどくなり、じきに天使様がお迎えにくるだろうと、わかっていました」
マウリヤがはじめてリオを見たとき「あなたはマキナを迎えにきた」と言ったが、あれはマキナが考えていたことをマウリヤが聞いていたからだったのだ。
「そんな、ある日……召し使いが、万病に効くという珍しい果実を取り寄せたのです。黄金色に輝く、美しい果実。けれど、私はとっくに諦めていました。黄金の果実を食べたところで、私の病気が治るはずがない。私の命はもう、尽きるのだ……と」
マキナは、その果実をどうするか悩んでいたときにもマウリヤを傍に置いていた。そして、願ってしまったのだ。
「ねぇ、マウリヤ……もしあなたが、人間のように動いてくれたなら……喋ってくれたなら……あなたに命が宿って、私だけのお友達になってくれたら、どんなに……」
果実は、願いを受け入れた。マキナの手元が強く光り、マウリヤの身体の中にすいこまれていった。
――ぱちっ
マキナの願い通り、マウリヤは命を宿した。まばたきをし、ゆっくりと立ち上がり、拙いながらも喋りだしたのだ。
願いが叶ったのもつかの間、マキナの命は風前の灯だった。マウリヤが人形だと知られるのを防ぐため、マウリヤに自分の身代わりになるように、お友達をたくさんつくって幸せに生きて欲しい、と言い残してマキナは静かに息を引き取った。
「……私の言葉を守るため、マウリヤは誰にも気づかれぬように墓をつくり、マキナになりました。天使様。町の人々を騒がせた罪は、私ひとりのもの。どうかあの子を責めないで」
責めないで、と言われても本人がいなくてはどうしようもないし、責めるべきはもっと別にある。まったく、女神の果実はどうしておとなしく回収されてくれないのか。
「俺は、お前の昇天ために願いを聞く義務がある。お前の心残り、願いは何だ」
リオはきわめて機械的に言った。マウリヤのことも大切だが、こちらを見捨てるわけにはいかない。マキナはリオの少し生気のない瞳を見ると、すがるように答えた。
「私の願いは、どうか天使様、マウリヤを……私の大好きなお人形……大切なお友達を助けて……!」
マキナは願いを言うと、懇願するような瞳をしてゆっくりと消えた。
「えーと……女神の果実の力で人形がヘンテコお嬢様になってた……ってコト? あんだけ頼みこまれちゃー、ほっとくワケにはいかないよねー。天使のリオ様?」
何だか、天使と呼ばれたのがずいぶん久しぶりだ。もし、果実がすべて集まって、神の国に行けたとしたら、自分はどうなるのだろう。リオはおもむろに考えた。
「んじゃ、ちょいちょいっとお人形を助けにいこー!!」
◆ ◆ ◆変わり者のお嬢様の正体を知ったリオは、その間に動いてもらっていた三人と合流し、事の顛末を話した。
「えぇーっ!! マキナがあの人形だったってぇえ!?」
「あまり大声を出すな」
「じゃあ、からくり技師さんとか舟番のカシミロさんが知っているマキナさんは、すでに亡くなってたってこと……」
「まーそれならー、急に性格が変わったってのも頷けるよねー」
さらにレスターの調べによると、マキナに紛したマウリヤが使用人をくびにしたのは、人形であることがばれるのを恐れたためだということだ。
「ははぁ、その『まるで、お人形のように可愛らしいですね』ってメイドが言ったのが……」
「用心深いのは持ち主そっくりだな。そのおかげで、今まで変わり者扱いで済んだってところか」
「とにかく、はやく助けにいってあげないと……!」
「でもお金を出してくれそうな人はいなかったよー? どうするー?」
「そんなもん持っていっても無意味だ。真面目に働けば金は手に入る。簡単に言うことを聞いてくだらんことを続けさせてたまるか」
リオはルウから荷物を受け取って肩にかけた。
「さっさと行くぞ。それとステラ。お前、武器は使えるか」
「え!? 連れていってくれるの!?」
「そうだ。行くのか? 行かないのか?」
「そりゃ、行きたいけど……アタシ武器に触ったことない」
ステラは悲しそうに言ったが、リオはさほど困るそぶりをしなかった。想定の範囲内ということだろうか、とルウは思った。
「……短剣なら軽いから扱いやすい。俺のものを渡すから、自分の身ぐらい何とかしてみせろ」
リオは腰に提げていた鞄から細身の短剣を取り出して、ステラに手渡した。ステラは両手で受け取った短剣を、そっと鞘から抜いてみた。
「うわ、きれい……」
現れた刀身は、キラーピアスだった。翡翠が混じった合金でできていて、柄と刃の間に紫色の宝石があしらわれている。短剣というより、ナイフといった表現の方が近い武器だ。軽くて両刃なので、素早い複数の攻撃が可能な代物である。
「リオ君それ新品じゃ――」
「余計なことを言うんじゃない」
「リオ……!」
やはり、リオははじめからステラのことをきちんと考えてくれていたのだ。ルウは、リオのそういうさりげなく気づかいをしてくれるところが好きだった。
「あ、ありがとう!!」
「気に入ったのならそれで良いが、だからといって大切に扱う必要はないぞ」
つまりはステラの身体が大切で、武器はあくまでも消耗品なのだ。リオの優しさは、ルウとレスターにはしっかりわかっていた。
「良かったね、ステラ」
「うん!」
「それじゃー、さらーっと北の洞窟に行こうかー」
リオ達一行はステラの案内でサンマロウを出て、北に向かって歩きはじめた。
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