アリアドネの糸 | ナノ

▽ つかの間の誘拐事件

リオ達はからくり技師をつれてマキナの屋敷に戻った。誰も屋敷に近づきたくないのか、周りを取り巻いていた町の人々はリオ達が戻ると自然に道をあけた。リオはふと、守護天使になってすぐのあの日を思い出して眉間に皺をよせた。

「おおーい! マキナお嬢さん! お邪魔いたしますぞ!」

からくり技師は、鉄の門を開けて屋敷の中へ入った。リオ達もそれに続く。

廊下にも人の気配がなく、何となく空気がひんやりとしていた。五人の足が自然と速まり、マキナとはじめて会った部屋へ向かう。

やはり応接室にも誰もいなかった。

「マキナお嬢さん? 今度はどうなさいました。もしやお身体の具合でも」

からくり技師は、マキナが閉じこもった部屋の扉に声をかけた。しかし、反応がない。不思議に思ったのか、扉の把っ手に手をかけた。

「鍵が開いておる。どこかへお出かけになったのか? マキナお嬢さん、失礼いたしますぞ」

からくり技師は扉を開けて、マキナの私室に入った。リオ達もおそるおそる中を覗く。

「おかしいな……マキナお嬢さんも、わしがつくった人形もどこにも見当たらない……」

扉の向こうの壁ぎわに、大きな天蓋つきのベッドがあった。「キングサイズ……」とステラが呟いた。枕がわの隣には立派な鏡台と衣装だんすが置いてあり、可愛らしい花の飾りがついていた。よく見るとベッドの飾りとおそろいだ。

「……ん? ベッドに手紙があるな。どれどれ……」

からくり技師がベッドの上に便せんを二つ折りにしただけの手紙に気づき、中を読みあげた。

「娘は預かった。返して欲しくば、カネを北の洞窟まで持ってこい=c…た、大変だ!! 皆に知らせなくては!」

からくり技師はリオ達を押しのけて一目散に屋敷を飛びだし、大声で叫んだ。

「マキナお嬢さんが……マキナお嬢さんがさらわれた!!」

からくり技師がいなくなると、ルウとレスターは静かにリオの言葉を待った。ステラもじっとリオを見つめる。

「……レスター。爺さんについていって詳しいことを調べてこい。ステラ、北の洞窟、わかるか?」

「うん」

自分にも何か手伝えそうだとわかると、ステラはやや嬉しそうに頷いた。

「よし、ルウとステラは必要な荷物を用意しろ」

「わかった。リオはどうするの?」

「俺はこの部屋をもう少し調べてみる。犯人の手がかりがまだあるかもしれない」

リオ以外の三人は、指示を受けるとわき目も振らずに屋敷を後にした。

ひとりになったリオは、手紙のあったベッドを調べはじめた。香油がしみこませてあるのか、天蓋のカーテンから花の香りがした。薄紅に染められた羽根布団と羽根枕は、きっとかなりの高級品だろう。さわってみるとふわふわと軽くリオの手を包みこんだ。

――争った形跡はない。

(さて、どうする……)

マキナは無抵抗だったのだろう。それか、眠らされたか。どちらにしろ、計画的なもののようだ。町の者だろうか、それとも――

カチャン!

しばらく考えこんでいると、部屋の隅の扉から音がした。鍵を操作した音だ。リオは不思議に思って扉に近づいた。

(……気配がするな)

扉の向こうに誰かいるようだ。ためしに把っ手をひねってみると、すんなりと回った。鍵を開いた音だったようだ。リオはそのまま扉を開けた。

「……これは、」

扉の向こうは、中庭だった。立方体と思っていた屋敷の全容は、実は横向きのコの字型だったのだ。綺麗に刈りそろえられた芝生が潮風に揺れて、まるで緑色の海のようだった。

向かって右がわに、色とりどりの花にかこまれた小さな墓石が二つ並んでいた。リオは傍に寄って、刻まれている文字を読んだ。

サンマロウの発展に尽くした大商人、ここに眠る

大商人を支えた心優しき妻、ここに眠る

マキナの両親の墓のようだ。リオは自分の背後にあった三つめの墓石の文字を読んだ。

大好きなお友達、ここに眠る

(大好きなお友達? 誰のことだ?)

リオが考えこんでいると、サンディが姿を現した。

「あのユーレイ、ヘンテコお嬢様に似てなくなくね!? どーゆうコト?」

ダーマ神殿のときから捜しているテンチョー≠ニいい、サンディは人にあだ名をつけるくせがあるようだ。ヘンテコお嬢様とは、言わずもがなマキナのことだろう。

「幽霊? 霊がいたのか?」

「いたよ。鍵開けてくれたじゃん。……はっ、まさかヘンテコお嬢様の身に何かあったとか……?」

「相手はマキナをさらって身代金を要求してきた。殺したら人質の意味がない」

「でもホラ、洞窟にこいって言ってたから魔物に襲われちゃったトカ……!」

二人で議論をしていると、頭上から声が聞こえてきた。

――あの子は私の、たったひとりの大切なお友達――

「ひっ、出た!! ヘンテコの幽霊っ!!」

ふわり、と。

さらわれたマキナにそっくりな幽霊が、墓石の上に降りてきた。

「私は……マキナ。この墓の下で眠る者です」

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