▽ 仲直り
リオは真っすぐにサンマロウの宿屋に向かっていた。
ステラと一悶着あったルウは、そのまま宿屋の部屋に戻ったと思われた。多分、言いすぎたと思って落ち込んでいるに違いない、とリオは思った。
ものの数分で部屋にたどり着き、扉をノックをした。しかし返事がなかったため、リオは一言ことわってから部屋に入った。
リオが部屋を見渡すと、ルウが備え付けのテーブルに頭だけを乗せて、負のオーラを発していた。リオは溜め息を吐いてから、乱暴に椅子を引いてルウの右隣に座った。しばしの静寂が部屋を満たす。
「落ち込むくらいならどうしてあんなこと言ったんだ」
「……むかついたから」
静寂を破ったリオに、ルウは顔を背けたまま、いじけたように言った。それでも、何も知らなくて当然の女の子に怒鳴ってしまった後悔の方が勝っているらしく、肩がとても寂しそうに見えた。
リオはそのとき、例えようのない欲情にかられて、ルウに向かって、左手をそっと伸ばした。が、僅かに目を見開いたかと思うと、またそっと膝の上に戻した。
「聞き流せば良かっただろ」
「そんなの嫌」
「元はといえば俺が悪かったんだ。お前が気を揉む必要はない」
「それは、慰めてくれてるの?」
いつになく不機嫌そうにルウが言ったとき、リオはしまった、と思った。ルウは、リオがひとりで全部しょい込むのを嫌う。
「……悪い。そういう意味じゃないんだ」
その後に何と言って良いかわからず、リオは口を開けなくなった。少し経って、ルウが頭を乗せて座ったまま縮こまった。それから、くぐもった声で言った。
「……わかってる、よ」
「ならさっさと行ってこい。……俺も、悪かった。少し考えたいから、時間をくれないか」
椅子に背をもたせ、リオは視線の定まらないまま言った。
(きっとあの子のことだ)
ルウは口もとが緩むのを抑えながら、テーブルから立ち上がる。ぴくりとも動かないリオをちら、と見てから小走りで部屋を出ていった。ぱたん、と扉の閉まる音がして、ルウの足音が遠ざかったのがわかった。
(……さっき、俺は、何をしようとした?)
リオは椅子に座ったまま、左手を顔の前に持ちあげた。
(ルウに、手を、伸ばして、俺は、どうするつもりだったんだ?)
◆ ◆ ◆ルウは外に出てレスターを捜した。リオの口ぶりから多分、あの貴族ふうの女の子と一緒にいるはずだと思う。
「あっルウちゃーん。こっちこっちー」
声が聞こえた右の方を見ると、噴水の向こう側にレスターが座っているのが見えた。その横に、さっき怒鳴ってしまった女の子が俯いて立っている。ルウが近くに行くと、びくりと肩を揺らした。
「あなたのお名前は、なんていうの?」
「ステリアーナ=ロシュフォール・ド・クロア」
レスターのときは愛称を教えたのに、ルウには本名を名乗った。これは反省の意味なのか、呼び方を迷わせるために言ったのか、微妙なところだなー、とレスターは思った。
「じゃあ、ステラ」
いともたやすく愛称で呼ばれ、ステラは驚きとその他いろいろな感情の入り混じった瞳でルウを見上げた。
「さっきは怒鳴ってごめんなさい。私、裕福な家の生まれじゃないから、悔しくなったの」
「アタシも、無神経なこと言って、ごめん……なさい」
ステラはぎこちなく頭を下げた。ルウはすぐに笑顔になって、「じゃあ、仲直りね!」とステラの右手を両手でぎゅっと握った。ステラもおそるおそる左手を添えて、満面の笑みを浮かべた。
「ルウ、ルウ! あのね、アタシ、マキナのお気に入りの人を知ってるよ」
「えっ?」
急に話を振られたルウは思考が追いつかずに戸惑った。すかさずレスターがフォローを入れる。
「それは助かるねー。マキナちゃんのご機嫌もすぐに元通りかもー?」
つまり、親しい人と会わせれば少しは怒りも沈まるのでは、ということだ。ルウはなるほど、と頷いた。
「じゃあはやくリオを呼んでこないと」
「……呼んだか?」
レスターの横にリオが立っていた。
「わ! いつからいたの!?」
「今さっきだ。……で、俺を呼んだらどうするんだ」
「あ、ステラがね、マキナさんのご機嫌を直せそうな人を知ってるって」
ルウがそう言ってステラの方を向くと、ステラの顔が緊張からか少し引きつった。
「ステラっていうのか」
リオは表情を変えずにさらりと言った。
「あの……」
「何だ?」
「さっきは、勝手なこと言ってごめん、なさい。旅のことは自分で何とかするから、ルウ達がサンマロウにいる間、お手伝いさせてください」
ステラはリオの正面に立つと、ルウに言ったときよりはなめらかに、落ち着いた様子でぺこんと頭を下げた。リオは僅かに目を見開く。そして耐えられない、といったふうにふっ、と息をもらした。
「……何だそりゃ。貴族ってのはもっと偉ぶってるもんだと聞いてたんだけどな」
ステラは思わず顔を上げ、急にリオが微笑ったのをぽかんと見つめた。さっきから驚いてばかりだ。
「マキナの機嫌はお前にかかってる。頼むぞ、ステラ」
「もちろん! 任しといて!」
ステラはにっと笑ってみせた。
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