▽ 僧侶、激怒する
「マキナの機嫌を直してあげる代わりに、アタシを旅の仲間に加えるって約束して!」
女の子は勝ち誇った笑みでリオに言った。一方リオは表情一つ変えずに言った。
「断る」
「え゙! なんで!?」
「自分の身も守れないような深窓のお嬢様に旅は無理だ。諦めろ」
「なっ、自分の面倒くらい自分で見れますぅ!!」
女の子はべぇっ、とリオに向かって舌を出した。リオでは話にならないと思ったのか、今度はルウに顔を向けた。
「ねぇ、いーでしょ? アタシ本気なんだよ? なんでダメなの?」
「あの、申し訳ないんだけど、リオが駄目って言ったら私にはどうすることもできないの。それに私も、やめた方が良いと思うから」
女の子は不満げにむぅっ、と唇を尖らせた。
「……なるほどな。俺には断られるのは想定済みだったわけだ」
昨日、リオと会ったときに質問をはぐらかしたのは、リオに言っても断られると思ったからだったのだ。ルウを最初から訪ねたのは、ルウなら首を縦に振ると踏んだかららしい。
「残念だけどー、ルウちゃんは優しい人だからねー。僕も君みたいな可愛い子は連れていきたくないなー。怪我、しちゃうからー」
「何よ、何よ! 皆して!」
女の子は三段階くらいに分けて頬を膨らませた。
「どうせ気まぐれな道楽なんでしょ? だってほとんどの旅人がそうだったもん。アタシもそうやって、自由に生きたいの! 自由を求めて歩き回って――」
ぱちんっ!
乾いた音がして、女の子はぴたりと話すのをやめた。朱い瞳をまんまるに見開いて、左の頬っぺたを押さえた。
ルウが、叩いたのだった。
「いい加減にしなさい!」
リオとレスターが、ぽかんと口を開けてルウを見た。ルウはものすごい剣幕で怒っている。
「どうせ気まぐれな道楽? 自由を求めて歩き回る? あなたにこの旅の何がわかるの!?」
これには二人も驚いた。リオは何も言わずにただひたすらに無視するつもりだったから、尚更だ。レスターの方は「おおー」と自然と拍手が出てしまった。
「リオの背負っているものを知らないくせに、勝手なこと言わないで!」
ルウはふいっ、と後ろを向いてどこかに歩き去ってしまった。女の子はあっけにとられて心ここにあらず、といった感じで立っていた。リオとレスターが顔を見合わせた。
「リオ君ー、ルウちゃんがどこ行ったかわかるー?」
「……多分」
「じゃー僕はこの子とちょっとお話するからさー、ルウちゃんのことお願いねー?」
「無論だ。昼過ぎまでには何とかしろ」
「はーい」
◆ ◆ ◆「お名前は何ていうのー?」
「長くて面倒くさいから、ステラでいい」
「じゃー、ステラちゃん。僕はレスターっていうんだー」
レスターと女の子――ステラは、リオと別れて道端にあるベンチに座っていた。
「碧い瞳の女の子はルウちゃんで、むすーってしてたのはリオ君っていうんだよー」
レスターは笑顔で自己紹介をしていたが、ステラは黙って俯いたままだった。
「あのねー、ルウちゃんはステラちゃんのために断ったんだよー」
レスターは、自分の傍をひらひらと飛んでいる蝶に目を向けながら喋りはじめた。
――リオ君はね、故郷の希望なんだって。
リオ君の生まれたくにが酷い災害に遭ってね、それを解決するために探しものをしてるんだって。
ルウちゃんはリオ君の事情を誰よりもわかっていて、一刻も早くリオ君がくにへ還れるように協力してるんだよ。
まぁ、僕もルウちゃんも、身寄りがないことに関してはステラちゃんより自由なのはあるね。
けれどなりたくて自由じゃないんだ、僕達。だから、ルウちゃんはステラちゃんが羨ましかったんじゃないかな。
「そんなの、」
レスターが話すのをしばらく聞いていて、ステラが唐突に口を開いた。
「……アタシ、そんなこと知らなかった」
「うん。でももう知ってるよね?」
「うん」
「わかって、くれるよね」
「……うん」
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