▽ 変わり者のお嬢様
「だあれ? 新しいお友達?」
そう言って屋敷の主人――マキナはリオに向かってにっこりと笑いかけた。
「まあ、ごきげんよう。あなた達、はじめて会う方ね」
「こんにちわー」
「こんにちは、マキナさん」
レスターとルウが挨拶をし、リオは無言で会釈をした。すっかり機嫌を良くしたマキナは、ソファから立ち上がって三人に話しかけた。
「ねえ、あなた達は何か欲しいものはある? わたし、あなた達のこと気に入ったわ」
あっ、とひらめいたような顔をしてマキナはルウの方を向いた。
「あなた、青色は好き? わたし、あなたに似合うお洋服を持っているわ。それをあげる」
「え、そんな、私は……」
断ろうとするルウをよそに、マキナは続いてレスターの方を向いた。
「あなたは額飾りがいいわね。大きな緑色の宝石がついたものが素敵だと思うの」
「いやー僕は食べるものの方が好きかなー」
レスターはやんわりとかわすように言った。マキナは大して気にしたふうでもなく、さらりと意見を変えた。
「じゃあ、マキナが好きだったお菓子をいっぱいあげる。とても美味しいから、マキナのお気に入りなの」
「どうもありがとー」
最後にマキナはリオの方を向いた。
「あなたは? 何が欲しい?」
レスターの訂正を受けたので、今度は希望を聞いてくれるようだ。リオは密かにレスターに感謝した。
「……何でも良いのか?」
「ええ、わたしが持っているものなら何でもあげる。何が欲しい? 宝石? お洋服? それとも家具かしら?」
普段、心ない周りの人々が何を欲しがっているかがはっきりとわかる発言だった。一体どれだけのものがこの屋敷から持ち出されたのだろう。リオは眉間に皺を寄せた。
「……町の外れに停まっている船はあんたのものか?」
「船? 船が欲しいの? いいわ、あげる。どこへでも持っていって。そのかわり、わたしのお友達に……」
マキナが快諾してくれたことにほっとしかけた三人だが、マキナはリオと目が合った瞬間、突然話すのやめた。
「あなた……、あなたは、町の人達とは違う」
マキナは険しい顔をして一歩後ろに下がった。
「……は?」
「あなた……マキナを迎えにきたのね?」
リオの眉間の皺がさらに寄った。
「……何のことだ? 俺はただの旅人だぞ」
「嘘! わたし知ってるわ。あなたはマキナを迎えにきた。でも、絶対にダメ!!」
「ちょっ、と待って、迎えにきたってどういう――」
「わたし、あなたキライ! あなたなんかお友達じゃないわ。やっぱり船もあげない! 帰って!!」
「まあまあ、マキナさん。そんなに怒らなくたって……」
「そうよぉ、ご機嫌直して? ねっ? ねっ?」
マキナの両側にいた男女が宥めようとしたが、それも火に油だった。
「キライったらキライ!! みんな出てって! あなた達もみーんなよ!! 出てってーー!!」
「こりゃまずい。マキナさんまた明日!」
「ごきげんよう〜っ!」
これ以上何を言っても無駄とわかると、部屋にいた二人はさっさと出ていった。マキナはリオをきっ、と睨みつけ、奥の部屋に閉じこもってしまった。ご丁寧に鍵までかけて。
「リオ君、ここはおとなしく引き下がった方が良いかもー」
「……そうだな」
リオ達は屋敷を後にした。
◆ ◆ ◆「さて……どうしたものか」
「マキナさん、何で怒ったのかな……。迎えにきたってどういうこと?」
三人は屋敷の前で途方にくれた。他にも巻き添えをくらわないように避難してきた人々が数人いたが、格別慌てる様子もなく穏やかに時が過ぎるのを待っていた。マキナが癇癪を起こすのはよくあることのようだ。
「あんまりのんびりしていられないよねー?」
三人寄れば文殊の知恵というが、なかなかそううまくはいかない。リオ達が暫く黙って解決策を考えていると、遠くからリオの聞き覚えのある声が響いてきた。
「あ、いたいた! ねえー! そこのあおい瞳の女の子ー!」
誰かがルウのところに向かって走ってきた。リオが昨日会った貴族ふうの女の子だった。だが今日は幾分かラフな格好をしていた。
「え、私?」
あおい瞳、と言われてすぐには反応をしなかったが、声のする方を見ると自分のことだとわかり、ルウはうろたえた。
「げげっ、昨日の無愛想男がいる」
ルウの目の前までくると、女の子はリオの存在に気づいて渋い顔をした。
「……いて悪かったな」
「ま、まあいっか。どうせ断れないんだし」
舟番のお爺さんにクロアのお嬢さん、と呼ばれていた女の子は勝ち誇った笑みを浮かべた。
「ねえ、アタシがマキナの機嫌を直してあげてもいーよ」
「え、本当!?」
「それは助かるねー」
「そのかわり、条件があるよ」
「……何だ」
リオが先を促すと、女の子はさらに口角をあげてにんまりと笑った。
「アタシを、アンタ達の旅に同行させて!」
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