▽ 奇妙なお屋敷
リオが宿屋に戻ると既に夕方になっていた。しかしお腹も空かないのでそのまま部屋に戻ることにした。
「…………」
「あ、リオ君おかえりー」
リオが部屋の扉を開けると、レスターが自分のベッドの上で何やら広げていた。よく見ると花やら宝石やら、どこから集めてきたのだろう。
「……どこからそんなもん持ってきたんだ」
「やだなーこれは貰ったんだよー。女の子達からー」
リオは呆れたような顔をして自分のベッドに座った。自分の荷物を探りながら、一言。
「ものばかりだけじゃないだろう」
「さすがリオ君ー」
リオが報告を求めると、レスターはにっこりと笑った。
レスターが話を聞いた貴族の令嬢達によると、この街ではもう造船は行われておらず、唯一残っている商船は持ち主が亡くなったため、町の外れに放置されているということだ。
その商船は、先程リオが見てきた大きな船のことだった。
「その船なら見た。舟番の爺さんが、今の持ち主なら譲ってくれるだろうと言っていたな」
「今の持ち主ってー、あの噴水のところの大きいお屋敷の人のことー?」
「そうだ」
「それなら僕達ー、運が良かったねー。そこのお嬢さんってー、お友達になると欲しいもの何でもくれるんだってー」
「そうだな、船の件はすんなりいけそうだ」
ふと、レスターが不思議そうな顔をした。
「あれー? でもリオ君は買い物に行ったんじゃないのー? どうしてあんな端っこにー?」
そう聞かれてリオは渋い顔をした。あまり思い出したくないことだが、仕方ない。
「……クロアとかいう家の娘に街中を連れ回されたんだ。お陰でかなり時間を喰った」
「出会ってすぐにデートに持ち込むなんてーリオ君ってばなかなか――」
スタン!
リオが今し方磨いていた短剣をレスターに向かって投げた。レスターの右のもみあげの毛が二、三本はらりと落ちた。
「くだらんこと言ってないでさっさと自分の周りを片付けろ」
「リオ君ってば手厳しーい」
レスターは花をまとめて一束にすると、色合いを自分好みに直してから傍のナイトテーブルにあったグラスに挿した。
「……宝石は別の地域で売れよ」
「リオ君もだんだんわかってきたんだねー。もちろん、ここで手放したりしないよー」
レスターは宝石達を丈夫な皮の袋に入れて手荷物の奥にしまった。
「あーお腹すいたー」
レスターはそのまま部屋を出て食堂に向かっていった。リオは壁に刺さった短剣を抜くと、また手入れの作業に戻った。
◆ ◆ ◆翌日の午前。リオ達は船を譲って貰うためにサンマロウで一番大きな屋敷に赴いた。
「ここは街一番のお金持ち、マキナお嬢様のお屋敷だ!」
――が、そう簡単には中には入れてもらえなかった。
門の前に立つ男の何だか偉そうな口調に、リオが機嫌を悪くするのではないかとルウは思った。
「カシミロの紹介なんだが」
しかしそんなルウの心配も杞憂に終わった。リオは至極穏やかに口を開いたのである。
「なんだお前、舟番のじいさんの知り合いか! それならほら、通って良いぞ!」
ルウとレスターが聞き覚えのない名を出すと、門番を名乗る男はあっさり通してくれた。リオはそのまま悠々と中に入っていった。
「カシミロさんって誰?」
「舟番の爺さんの名前だ。爺さんの名前を出せば、屋敷に通してくれると本人に聞いた」
屋敷は豪華絢爛の一言に尽きた。足元はレッドカーペット、天井はシャンデリアときた。ルウに至ってはシャンデリアを生まれて初めて見たらしく、上を見上げて文字通り目を輝かせていた。
屋敷に入ってすぐ通路が左右に伸びており、右側と左側で雰囲気が違うな、とルウは思った。左側はもう長い間使われていないような――。
右に曲がって主人の部屋まで向かう途中、リオが突然言った。
「……おかしい」
「え、何が?」
「建物自体は豪華だが、ものが少ないと思わないか?」
「確かにそうかもねー」
そう言ったレスターが、廊下の端に置いてある台座に触れた。ルウがいまいちわかっていないのか、首をかしげたままだ。
「金持ちってのは普通、財力を示すためにいろいろ置きたがるものだと聞いたが」
「……ああ! なるほど!」
ルウはセントシュタイン城の中に入ったとき、高そうな置物や絵が飾ってあったことを思い出した。そのことを考えると、確かに周りの壁が寂しく感じられた。
「きっと、友達にあげてるからだ。ここの主人のマキナさんって、友達になると何でもくれるっていう噂、本当だったんだね」
ルウはそう言って、人の増えてきた廊下を見据えた。ひときわ大きくて立派な扉から、少し抑揚の違った可愛らしい声が聞こえている。
「……あれか」
「あれだねー」
リオ達は扉の前までたどり着き、取っ手に触れた。
「キライ! あなたとは絶交よ!」
突然、怒号が聞こえた。先ほどまで楽しそうに会話をしていた可愛らしい声だった。リオ達は顔を見合わせた。扉の周りにいる人達は慌てもしないで、我関せず、といった様子だ。よくあることなのだろうか。
「今行って大丈夫かな?」
「ここまで来て引き下がれるか」
「リオ君頑張れー」
リオは少し嫌な予感がしながらも扉を開けた。
部屋の真ん中にある猫足のテーブルを挟んだ向こう側に、見ただけで高級品とわかるソファが置いてあり、女の子がちょこんと座っていた。段重ねのフリルとリボンのついた真っ赤なドレスに身を包み、背中まで届くほど長く、整えられた金髪に大きな赤いリボンが印象的だ。
女の子の左側にはケーキを持った青年、右側には髪につけるリボンを持った女性が立っていた。心なしか顔色が悪い。
「だあれ? 新しいお友達?」
数分前まで怒っていたはずの女の子が、にっこりと三人に笑いかけた。
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