▽ みっつめの果実
番人は、ピタリと動きを止めた。
リオの放った矢が、番人の心臓部に深々と突き刺さっている。
「オ……オオ……」
小さなうめき声をあげ、番人の身体はサラサラと崩れていく。
最後には砂の山になり、矢が1本だけぽつんと残された。
「「…?」」
番人の姿が消えた後、リオとルウが同時に同じ方向を向いた。
「2人とも、どうかしたのー?」
レスターは首を傾げて尋ねた。
「いや…あの家に人の気配がした気がしたんだ」
あの家とは、始めに三人がスライムを見つけた石の家だ。
「リオ、家の横…」
ルウが小さくリオを呼んだ。ルウの視線の先には、老人の霊が立っていた。
リオと目が合うと、老人はすっと傍にあった降り階段に消えた。
「…行くぞ」
「えー?どうしたのー?」
「説明している暇はない。とりあえずついて来い」
レスターは訳のわからないまま、リオとルウについて行った。
唯一入ることの出来た例の家は、それほど遠くなかった。番人との戦闘でどれくらい移動していたかがわかる。
階段を降りた地下には石でできた棺が置いてあり、その上に先程の老人の霊がいた。
老人は静かな声で話し始めた。
「すまなかったね、旅の人よ…。どうやらあの番人は、私が不思議な果実にこの地の平穏を願ったばかりに生まれたようだ…」
なんと果実は、物に命を吹き込める程の力を秘めていたのだ。
「…あんたが、ラボオか」
リオが尋ねると、老人はゆっくりと頷いた。そしてまた、静かに話し出す。
「だが、あれは私の本意ではなかった。これでようやく、私の小さき友人も安心できるだろう」
レスターには何も聞こえないのか、状況をルウに問う。
「ねーねー、ラボオさんは何て言ってるのー?」
「あのね、あの番人を作り出したのは、女神の果実の力だったの。ラボオさんが、この町を残したいって、願ったから」
ラボオの身体が、淡い青緑色の光に包まれる。
「私は、帰れぬ故郷の地を…手に入らなかった大切なものを、ここに作り上げたのだ」
ルウが声をかけた。
「あの家にいたのは、貴方と貴方の恋人ですね。他の方と結婚してしまった…」
ラボオは、目尻に深い皺を浮かべて笑った。
「そう…この地は幻影。老いぼれの見た、最後の夢。だが…それでも…」
ラボオを包む光が、強くなった。
「クロエ…私はこれで、愛する君の元へ…故郷エラフィタに、帰ったのだ…」
光が消えた。ラボオは、昇天したのだ。
――キィ、ン!棺の上に、女神の果実が現れた。リオは両手でそっと拾い上げる。
「…やっと、みっつめだ」
[リオは女神の果実を手に入れた!]
3人が地下室を出ると、サンディが視界に現れた。重い空気に、誰も口を開かない。
「そっか…ここ、黒騎士騒ぎの時に歌を聞きにきた、エラフィタ村なんだ」
ラボオは確かに言った。故郷エラフィタに帰ったのだ、と。
見覚えのあったでかい木は、神木だったのかとリオは合点がいった。
「あの村が、あのおじーちゃんの故郷だったんだね。それを何十年もかけて…」
リオは黙っていた。
ルウもレスターも、何か考え込んでいるようなリオをおとなしく見守っている。
「…でも、このことを知って、おじーちゃんの元カノはどー思うんだろう?」
元カノって何だ…?とリオは場違いなことを考えた。
どちらにしろ、他の男を選ぶと決めて生きてきた人に、今更こんなものを遺して何になるのだろう…
「ねぇ、リオ…人間のすることってよくわかんないね」
「…あぁ、そうだな」
ぼそりと呟いたリオの声は、風に乗って空に消えた。
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