▽ 疾走を緩める
ビタリ山の山頂にあった石の町で出会った、番人を名乗る石像に攻撃され、敵わないと判断したリオは“ルーラ”を使って逃げ出した。
「はあっ…はあっ…」
リオの背中にしがみついていたルウが、へたりとダーマ神殿の前の床に座り込んだ。
「ルウ…」
リオは唇を噛んだ。
また、また傷つけてしまった。ついこの前だって、怪我を負わせてしまったのに。
「怖かった…。私、リオを盾にしちゃった…」
「ルウちゃん…」
レスターが不安そうな顔でリオを見やった。拳を強く握って、皮膚が白くなっているのが見えた。
「…ルウ。俺はもう、お前を女神の果実を集める旅に連れて行きたくない」
リオが低い声で言った。
「…え?今、なんて…」
「俺はもうお前とこの旅は出来ない、と言ったんだ」
「リオ君!?」
それを聞いたルウがリオに掴みかかった。
「どうして!?私が戦いの役に立てなかったから?リオを守れないから?」
「…違う」
「じゃあどうして?私が女だから?旅の足手まといになっちゃうから?」
「違う!!」
リオが叫んだ。
初めて聞いたリオの焦ったような声に、ルウの高まっていた感情がすうっ、と冷めた。
「違うん、だ…」
リオの声が、少し震えた。
急にルウの顔から赤みが消えた。
「自分から助力を頼んだことはわかってる。少しでも早く果実を回収したかった。天使界の皆を安心させたかった」
他の奴より早く守護天使の任についたぐらいで、女神の果実を実らせたぐらいで思い上がっていた。
自分の浅はかさが、何も関係ない下界の人間を巻き込んでしまった。それがどれほど重いことなのか、まだ自分にはわかっていなかった。
また、きっと傷つけてしまう。つい最近まで御師匠様やオムイ様に守られていた自分に、他の人間を守ることなんてできやしないんだと、今わかった。
「…まだ間に合う。ルウはセントシュタインに戻れ」
「何に間に合うの?役に立てないならそうだって、はっきり言ってよ…」
「役に立たないなんて俺は一言も言ってない!!」
また、リオが叫んだ。リオの周りの空気が強張る。
「お前は普通なら、セントシュタインでリッカやルイーダと何の危険もなく生活している筈で、それを壊したのは俺だ。自分勝手だと思ってる。でも…」
リオが両の掌をぎゅっと握りしめ、掠れた声で言った。
「これ以上、ルウを俺の事情で巻き込みたくないんだ…」
「そんなの絶対嫌!!」
おとなしく聞いていたルウが反論した。今度は彼女の番だ。
「私はリオがちゃんと還れるように手伝いたい!ここまで連れてきておいて、もう帰れ、だって!?リオは私のこと全然わかってない!!」
顔を真っ赤にしてルウが怒鳴る。
「私は置いてってレスターを連れてくってことは、やっぱりリオも私が女だからって区別してるからでしょ!」
ルウは女だからと特別扱いされるのを嫌っていることはわかっていた。黒騎士戦のときから、ずっと。
「ルウ…」
黙って見ていたレスターが、にっこりと笑った。
「僕、わかっちゃったよー」
「「は?」」
「解決方法ー」
それはルウを連れていく方であって欲しい、とリオが思ったのは、果たして利益の為だけだろうか。
「きっとリオ君は駆け足で成長してきたんだねー」
そう。リオは天使だったとき、他の見習い天使よりも常に一歩先を進んでいた。
飛行でも、剣術でも。
「でもー、リオ君はまだ大人じゃないんだから、立ち止まったって誰も怒らないと思うんだー」
少なくとも僕とルウちゃんはね、とレスターはさらに笑みを深めて付け足した。
「レスター…」
――あぁ、これが“仲間”っていうものなんだろう。
リオは、身体の芯がじんわりと熱くなるのを感じた。呆然としたような顔をして。
「リオ君、本当はルウちゃんと一緒に行きたいでしょ?なら、本当の気持ちを言わなきゃ、わからないよ」
リオはルウとレスターを交互に見つめた。
「………立ち止まっても良いなら、あの番人に対抗する為の力を手に入れる時間が欲しい」
強くなりたい。
リオは心の底で足掻く。
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