▽ 女神の果実、
「ありがとう、天使さま。誰にも気づいて貰えなくて、寂しかった。だから、もう逝くことにするよ……」
霊となりさ迷っていた男性はリオに礼を言い、青緑色の光に包まれて昇天していった。
星のオーラをひとつ遺して。
「……これで、三つ目」
リオは僅かに微笑み、星のオーラを回収した。
今日だけでかなりの収穫だ。
一つ目はお婆さんの形見の指輪を見つけた時。これは正直、あの犬が教えてくれなかったら見つからなかったかもしれない。リオはお礼にたっぷり撫でてやった。
二つ目は馬小屋の掃除をした時。小屋の持ち主はこのところ働きづめだったから、少しでも楽ができると良いが……、とリオは思った。
我が師が見守ってきたこの村の人々は皆信仰が厚く、いつも天使への感謝を忘れない。だからリオがどんなに些細なことでも何か手助けをすると、必ず自分に感謝してくれた。我が師の守護天使としての能力がどれほどのものか、リオは改めて実感した。
辺りはすっかり暗くなっており、そろそろ戻ろうかとした時。僅かに不自然な風を感じ、リオは振り返った。
「リオよ、魂の出す星のオーラは一際(ひときわ)美しいだろう」
イザヤールがウォルロ村に降りてきていた。リオはイザヤールの傍まで飛んでいった。
「私が此処に来るのは、もういらぬ世話だったかな?」
「いえ……」
「何、これから世界中を回るつもりで始めにウォルロ村に立ち寄っただけのこと」
ポォーーーーッ…
汽笛の音が聞こえ、リオとイザヤールは空を見上げた。リオもそれにならって顔を上げる。
日のすっかり沈んだ暗い遠くの空を、黄金色の列車が横切っていった。
「天の箱舟か……最近やけに慌ただしいな」
「……あれが……」
リオは初めて見る箱舟が、だんだん小さくなるのを見つめていた。
「気が変わった!! 私はまた天使界に戻ることにする!!」
「俺も、戻ります」
二人の天使は翼を大きくはためかせて飛び立った。
◆ ◆ ◆「では私は先にオムイ様に報告に行って来る」
天使界に着くなり、イザヤールはそう言ってすたすたと先に行ってしまった。
リオは溜め息を吐いて、イザヤールの後を追いかけた。
しかし、リオが長老の間に着いた時にはすでにオムイの姿は無かった。傍にいた上級天使に聞くと、イザヤールと世界樹の元に行ってしまったらしい。
「オムイ様のあの嬉しそうな顔といったら。これは女神の果実が実るのはもうすぐだな。リオは集めた星のオーラをまだ捧げていないだろう? 早く行ってオムイ様を安心させてくれよ」
そう言って上級天使はリオの肩を叩いた。
◆ ◆ ◆リオが世界樹までの階段へ向かうと、周りには沢山の天使達が集まっていた。見習い達も、自分達が行ける限界の所でひしめき合っている。
リオがすすみ出ると、天使達は自然に道を開けた。リオがその間を通るたびに、ひそひそと会話が交わされた。
――おい、あれがイザヤール様の弟子だってよ
――まだその辺の見習いと変わらない歳じゃないか。本当に守護天使が務まっているのか?
――どうやってあのイザヤール様に取り入ったんだろうな
――あんな奴が果実を実らせる最後の星のオーラを捧げるなんて、オムイ様も何を考えていらっしゃるんだ
リオは何も聞こえていないかのように表情ひとつ変えず歩き続け、頂上へたどり着いた。
「おぉ リオ!! 待ちわびたぞ!!」
「私とオムイ様の推測だと、お前の捧げる星のオーラで女神の果実が実る」
――どくん。(まだこんなに若年の自分が……女神の果実を実らせる……?)
リオは身体を強張らせた。
「さあ早く、早く 星のオーラを捧げるのじゃ。終わりなのか、始まりなのかが今、明かされる……!!」
オムイはリオを急かした。リオは震える手で、今日集めた三つの星のオーラをそっと宙に放った……。
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