シュガーコート
悩み多き私の心とは裏腹に、生徒会室の窓の奥に広がる空は綺麗に晴れ渡っている。
「はぁ……」
「学人くん、お外に行こう」
何の飾り気もない澄んだ声が流れた。この声の主は振り返らなくても分かる。幼馴染兼クラスメートの(名前)くんだ。内心、飛び上がって喜びたかったが、軽率な男だと思われたくなくて、じっと空を眺めてこらえていた。
「お外にこの問題の解決法が転がっているとでも?」
「そこまでは責任持てないけど、リラックスしたらまた上手く出来るようになるよ」
そう言い、彼女は私を連れ出そうとする。
「なんでも出来る学人くんだもの」
「なんでもは出来ません」
「そう?」
くすりと笑った彼女は、私の手を引いて生徒会室の扉をくぐった。繋いだ手から伝わってくるのは、生徒会長に向けられる確かな信頼だった。
彼女は私が生徒会長だから一緒にいるのだろうか。もしこの役職がなくなってしまった時に彼女は私を選んでくれるのか。そんな不安が綺麗に拭い去れないままだ。
おまけに巷ではお受験戦争が始まりつつある。皆の例に漏れず、私も進学について悩んでいるのも事実だった。
「……」
「学人くん」
「……」
「それじゃあ私、勝手に独り言話しちゃうね」
「え?」
そして私を屋上に連れてきた彼女は、陽だまりのように笑いながら私の隣で声を発した。
「学人くんは学人くんだもの。好きな道を選んでいいと思うの」
「好きな、道?」
「皆と一緒でもいいし、違う夢を追ってもいい」
「……確かに進学校に進むよう、周りには言われていましたが」
「そんな風に悩むってことは、そっちには行きたくないんじゃない?」
「そう……ですね」
「私は、学人くんと別の学校になっても毎日会いに行くよ」
「本当ですか?」
「大切な幼馴染なのは変わらないもの。今までも、これからも」
「(名前)くん……」
なんだ、自分の悩みは全て彼女にお見通しだったということか。見栄を張るのも馬鹿らしく感じられて、私は笑声を漏らした。
「大丈夫そうだね、学人くん」
「ええ、誰かさんのおかげです」
「そう」
自分の道は自分で決めると思っていたが、やはり私はどこかで最後のひと押しが欲しかったらしい。深く告げずとも彼女は私が欲しがる答えを持っている。隣にある彼女をゆっくりと目で追う。すかさず目が合うと、(名前)くんは微笑んだ。
「私の笑顔が抜群に効いた?」
「そ、そんなことはありませんよ」
「顔真っ赤だよ」
「はぁ、嘘はつき通せそうにないですね」
「嘘つきは泥棒の始まりだもんね」
「なっ、そんなことは!」
彼女と話しているといつまでも胸が騒ぐ。秘密を握られているような気がして、途端に動揺してしまう。その挙動は全て彼女への好意と繋がっている。悔しさに唇を噛んだ。
「でもね、私の未来。誰かさんに盗まれちゃったの」
「へ?」
そう言い、彼女は照れることなく真面目に私の手を握ってくる。私の隣にいるのがさも当たり前だと言うように、力強く温かく手を掴む。
「だからこれからも一緒にいようね、学人くん」
「そ、そそそれはプロポーズでは!」
「そんなつもりないんだけどなぁ」
そうして、私の一番好きな人は、私が一番好きな顔をしてにこりと笑う。それが癪で、私は小さくため息を吐く。
「(名前)くんだって、泥棒です」
「ふふっ、お揃いだね」
「いつか、き、きき、キスしますよ?」
「じゃあガードしなくちゃ」
「(名前)くん」
「なぁに?」
「だから、今日も好きです」
「嬉しいよ。ありがとう」
感謝を述べられたあと、彼女は私の胸に飛び込んできた。だからなるべく自然になるよう両手できつく抱きしめて、興奮と動揺からくる震えを誤魔化したのだ。
シュガーコート
(甘やかに包んでくれる人)
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