「てめェは何回言やあ分かんだクソマリモ!」


 ドカーンだかドゴーンだか、とりあえずはそんな擬音がつくくらい物騒な爆音が船上で響く。
 朝食が終わって新たな武器開発に勤しんでいたウソップはメインマスト下から顔を出し、そこに広がる光景に思わずゴーグルをひんむいて、ついでに目もひんむいた。

「ぎいやあああメリーの角がァ!」

 甲板には後頭部を抑えているゾロと、その足元にはメリーの右の角の破片とおぼしき物がごく僅かに散らばっている。大半はその下、海に吸い込まれてしまったようだ。

「な、にしやがんだアホマユゲ!」

「うるせェそりゃこっちの台詞だ!」

「なんでもいいからメリーに危害加えんのはやめろォ!」

 ラウンジ前、タバコ片手に声を荒げるサンジと、それに呼応するように畳かけるはゾロ。
 ウソップは甲板に這い出て、未だ不穏な空気を漂わせる二人の間を縫うように、角が欠けてしまったメリーのそばへ寄る。見たところ思ったよりそう深くは抉られていないことを知り息をつくが、現状はまだ何も解決していない。
 彼の背後には臨戦体勢のコックと剣士。
こいつらの喧嘩は日常茶飯事で今に始まったことでもないが、つまりそれは喧嘩の度にウソップが泣く泣くやらされる羽目になる損傷した船の修繕も日常茶飯事になっているということだ。
 傷ついた船首メリーの首を抱き締めて、ウソップは振り返る。サンジの蹴りで吹っ飛ばされたのだろうゾロがこめかみに青筋を立てながら刀を抜く。サンジはそれを見て踵を鳴らす。
 あああまた始まる!
ていうかおれこのままここに居たら危ねェ!
 だがしかし俺がやらなきゃ誰がメリーを守るんだァ!

「ちょっと何やってんのあんたたち!」

 無駄に男前なウソップの心の葛藤を遮って鶴の声。
ミカン畑の横から身を乗り出したナミは、溜め息混じりに腰に手を当てた。その背後では釣り竿片手に船長がバカ笑いをしている。

「ナミさん!」

「余計な振動起こさないでよもう! あたしこれから海図修正するから静かにしてって言ったでしょ!」

 あれから三十分も経ってないじゃない! と嘆くナミをサンジは振り仰ぐ。なんとも絶妙な角度から見上げた彼女の姿に目をハートにしたのも束の間、我に返って前方のゾロを睨み付けた。

「ごめんよナミさん…。けどおれは許せねェんだ。こいつまた、目玉焼きを醤油で食いやがった!」

「…はァ?」

 ばあんっ! と胸を張って言い放つにはあまりに下らない内容に、ポカンと口を開いたのはナミとウソップが同時だろう。ルフィの笑い声が一層高く大きくなる。

「バカ言ってんじゃねェ!卵に醤油は王道だろ!おれァ食いてぇように食うだけだ!」

「何だとてめっ! 目玉焼きはソースって決まってんだぞ!」

「知るかクソコック!」

「いい度胸だ芝生が! 引っこ抜くぞ!」

 確かに今日のモーニングプレートには半熟にその黄身をふるわせる目玉焼きが乗っていたが、幾度呼べど鼻提灯を消すことのなかったゾロを除いて既にそれを食した者達にとっては、心底どうでもいい議論としか言いようがない。

「今日という今日は正しい目玉焼きの食い方ってモンを叩き込んでやる」

「アホくせェが受けて立とうじゃねェか」

 ナミは半ば諦めたようにうんざりと身を翻し、それすらももはや日常茶飯事になりつつある現状に、ウソップは長い長い溜め息を吐いた。
 顔を見れば分かる。
この二人にとってソースか醤油かなんてものは大した問題じゃない。ようは言いがかり。きっかけがあればいいだけの話だ。
苛立ちと嬉々とした表情は隣り合わせ。今じゃすっかり意気揚々として、まるでじゃれあうみたいにバイオレンスを繰り広げる二人に怯えつつ、ウソップは手を伸ばしてメリーの角を撫でたのであった。








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