ゾロはほっぺたに米粒を引っ付けている自覚もなく、頬張ったおにぎりを食道に飲み込んであんぐりと口を開いた。そんなにゆっくり味わって食べたつもりもないのに、気づけば目の前には大量のおにぎりが山を連ねている。珍しく晩飯のリクエストを求めた料理長は確かにご機嫌だったが、ここまでするとは思わなんだ。物凄いスピードで更に山を築いていく手元はまさに神業。どんどん食えよとスマイル全開で、米を握る手元のエンジンも全開のようだ。しまいにゃ鼻唄まで歌いながら手丸めていく。素敵なマユゲがリズムに乗って軽快に踊った。ゾロはひくりとその顔を引きつらせる。どれを食べても美味いからそう簡単には飽きないが、この山はどう見ても食べ尽くせない。調理スピードが尋常じゃない。
おい、と声を掛けようとしたその刹那、天辺からひとつ、海苔を巻いた太ましいおにぎりが転がってきた。反射的にキャッチする。床に落ちてはもったいない。ふうっと息をついたらまたひとつ崩れた。それを皮切りに音を立てて崩れていく。その向こうでにこにこと、見慣れない顔して笑うコックがいた。湧くように出てきたおにぎりにのまれる。ついに全身を覆われそうになった時、突如、どすこいと遠慮のない重さが下腹部に乗っかってきた。

「…積みすぎだバカ! そんなに食えねェ!」

「うわっ! ビックリした! 急に起きんなアホ!」

「……、…?」

 がばりと上体を起こして瞳を開けたら、あの笑顔とは正反対の小憎たらしいサンジの顔があった。ゾロはぱちりと瞬きをする。その後で上下左右を見渡したがおにぎりはひとつもない。至って平凡な青い海の上、穏やかな航海を続けるメリー号の、いつもと変わらない船尾だった。

「…なんだ夢かよ。まったく…握り飯に窒息させれるとこだったぜ」

「なんつー夢を見てんだオマエ。やっぱどっか頭がおかしいのか? 元々の髪の色がおかしいからか?」

「てめェのマユゲにゃ及ばねェから心配すんな。…つーかなんで乗ってんだ。降りろ」

 てっきりバカでかいおにぎりが乗ってきたから腹部に重さを感じたのだと思っていたのだが、どうやらそれは夢の中ではなかったようだ。
実際に体に跨がっていたのはサンジその人で、彼は少しの悪びれた様子もなくいやだと口にした。その上わざとらしく更に体重を掛けてくる。両手を僅かに後方へ下げながら上体のバランスをとるゾロは、あっかんべーでもしそうな意地の悪いその顔を黙って見つめた。こういう体位は夜中に進んでやってくれるといいのに、と心の中で思ったのは秘密だ。

「それよりほら、おにぎりより良いエサ持って来てやったぜ」

 そう言ってサンジが突き出してきたものに、ゾロは首を傾げる。色は緑、形は蓬餅に近いが、それより少々小ぶりの丸い物体が皿に三つ並んでいる。

「んだこれ」

「どう考えてもトリュフだろ。見てわかれバカ。しかもおまえとお揃いにする為に特別に抹茶風味に仕立てて緑を強調。それから見ろ…より忠実にマリモヘッドを再現すべく表面には微妙な凹凸が…」

「余計なもんにこだわってんじゃねェ! そもそもなんでそんなご丁寧にチョコなんか作ってんだ」

「! そりゃあ…」

 別におやつにチョコレートをチョイスすること自体は不思議なことではない。今までだってチョコを使用したおやつは度々登場している。だが、人の上に乗ってまで無理やり起こし、見せびらかそうとするそのこだわりが、いつもとは微妙に違う気がした。ゾロの問いにも一瞬言い澱む。あくまでも一瞬に過ぎないが、不自然に逸らされた視線がまたこちらに真っ直ぐ向き直るまでのその間を、ゾロは読み解くことが出来なかった。

「いいか、これはついでだ」

「…? なんの」

「今日という日のおかげで、おれ達は全員レディ達からの手作りチョコを頂ける。おれ一人だけじゃないってのが不服だが」

「へェ。それがこいつだって話か?」

「ハズレ。これは、おれが作った。理由はクソ簡単だ。レディ達の材料が余ったから」

 それだけだと、サンジはキッパリと物申す。喧嘩でも売っているんじゃないかと思うほどの威圧的な視線で見下ろしてくる。
 今日は何かチョコレートに縁のある日だっただろうかとゾロは頭の中で思い巡らせてみたが、今日が暦の上でどこに位置するのかなどとさして気にしたことがないのでそれらしい答えが見つからない。故郷の村では、何か手掛かりになるような行事など無かったはずだ。剣の道を生きてきた彼の記憶に、チョコレートの思い出は一切見当たらない。そもそもナミやロビンと違って新聞を読む習慣のない彼は、そういう類いの情報収集に疎い。男部屋にはカレンダーがないし、そのわりにイベント事が大好きな船長が彼女たちから与えられた知識で騒ぎ出すから、毎度毎度それに便乗しているようなものだ。
 だが、答えは見つからなくとも、この妙に言い訳がましいセリフで大体が読めた。
こいつは自分にチョコを食わせたい。それを食えば、たぶんへそを曲げない。食わなかったら、見てないとこでこっそり肩を落とす。
それで、すべてだ。

「…つまり、いつもと変わらねェ残飯処理ってことだな。くれるっつーなら貰っとく」

「…マリモにしては物わかりのいい。だが気を付けろよ。この三つのうち最高に美味いチョコは一つだけだ。あとは山葵か和辛子が入ってる。当たりを一発で選べるかどうかは運次第だな」

 また悪巧みを考えた子供のように笑った顔を視界に入れながら、ゾロは迷うことなく三つのうちの真ん中を選んで指に取った。その決断の潔さに向かいの瞳が見開かれ、それに見守られながらゾロはトリュフを口に運んだ。舌に触れたそれはすぐに溶け、甘いばかりでない抹茶の苦味が適度に効いた、とても、美味しいチョコレートだった。

「…普通に食えるな」

「……てめェ痩せ我慢してんじゃねーだろうな。そう一発で当たるわけ…」

「自分の口で確かめるか?」

「んんっ!?」

 首根っこを掴んで引き寄せる。腹の上にある体だ。直ぐにこちらへ転がるように落ちる。近づけば金色の髪からチョコレートの香りがした。急に引っ張られたものだから体を支えようとして、皿を持ってないサンジの片手がゾロの胸板につく。それでも引っ張る勢いが強すぎたようで、痛いほど強引なキスが交わされた。思わずサンジは歯を食い縛る。だから余計に唇はいつもの柔らかさを失っていて、ゾロはそれをペロリと舐めた。逃げていかないこと、抵抗をしないことがわかったので、首を拘束していた手を背中に回す。ゾロは自分の上体をもう少し前傾にとって、サンジがより安定した体勢を取れるようにした。そのおかげで彼は先ほどよりも深く、ゾロの膝の上に乗っかる形になった。
 体勢が安定したら変に入っていた力が抜けていく。息をつくタイミングでうっすら開いた唇は柔らかく、ゾロはチョコ味の舌を忍ばせることに成功した。上に乗せているからいつもとはちょっと角度の違うキスを繰り返す。そのうち調子づいたサンジの手がゾロの頬に寄せられた。チョコを乗せた皿を音を立てて甲板に放置し、そうして空いた手で三連ピアスを擽った。
イニシアチブを取りやすい体勢に気を良くしたか、差し伸ばされる舌を素直に招き入れる。キスはタバコの苦味がすっかり甘さに飲み込まれる頃まで繰り返された。

「…は……こりゃ確かに、当たりのチョコだ」

「…だから言っただろ」

「なんでわかった?」

「別に、なんとなく」

 またすぐにでも触れ合えそうな距離に離れていったサンジがケラケラと笑った。当たったのは本当にまぐれだが、こういう選択肢に直面した時、自分が大抵ど真ん中を選ぶと知っていてこの配置にしたんじゃないかとゾロは思う。
そして、その想像はおおよそ正しい。夢の中ほどでないにしろ屈託ないコックの笑みは、策略が成功したことへの達成感と、期待にそぐわぬ行動をとったゾロが可笑しかったからだ。
 当たり外れのある選択を経てチョコを食べさせたなら、キスのお釣りが来るであろう。お釣りは十分に事足りた。それだけチョコに込めた思いがあったので、当然と言えば当然だった。









ゾロサンなのかサンゾロなのかわからないくらい、線引きの曖昧な二人が好きだー。
残った二つは食い意地張らせたゴムと鼻が食べました。食って涙目になりました。


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