さて、なぜ彼が陽光の降り注ぐ真っ昼間でもないのに船尾にてTシャツを脱ぎ、それを乱暴に叩いているのかというと、筋トレ上がりの渇いた喉を潤す酒を頂戴しようとラウンジの扉を開いた瞬間に、謂れ無き大豆による襲撃を受けたからだ。
 犯人は女子2名と男子3名。それに加えてペットが1人の総勢6名。
 オニハソト、フクハウチの掛け声と共に、そりゃもう突然の大豆嵐に見舞われた。その猛襲を前に何が起きたかを悟るよりも先ず撤退を喫した彼の苛立ちを今、その手に握られているシャツが一手に引き受けている。裸の上半身を掠めていく夜風は生暖かく、シャツを大きく上下に振れば、中から落ちてきた大豆が風に乗って斜め前に転がった。
 騒々しい笑い声が後方で続く中、それに混じって靴の音が近づく。それから煙草の煙たい香り。ちょうど腹巻きの中から際どいトコロにも入り込んだ豆を取り出そうと手を突っ込んだ時に、ひょっこり顔を覗かせてきた男がおわっ! と失礼なリアクションをとったが、そちらを見るのも億劫なほど、後から後から出てくる大豆が恨めしかった。

「なんだおまえシャツなんか脱ぎやがって…。しかも腹巻きん中のその手にゃ一体ナニ握ってんだ? お取り込み中に失礼しちまったか?」

「どう考えても大豆だろエロコックが! てめェらのせいで服ん中まで豆だらけだ!」

 ナニをどうしたらそんな勘違いが出来るのか。ヘソの辺りまで入り込んでしまった大豆をひっつかんだゾロは、怒りに任せてサンジに投げつけた。物凄いスピードで空を切るそれを間一髪のところで避けたサンジは、豆の行く末を目で追う。随分長く飛んでいったあと、彼方の海に波紋を描いたようだ。夕陽はとっくに沈んでいるので、あくまで想像の域ではあるが。

「…そりゃおめェ仕方ねェよ。ガキ共とレディ達が豆まきしてェっつーんだから、鬼役はてめェ以外にいねェだろ?」

「てめェがやりゃよかっただろ」

「そうしたいのは山々だったが、おれァ撒く為の豆を用意するコックさんだぞ」

「第三者的な言い分は結構だが一番乗り気だったのはどこのクソ巻き眉毛だったか」

「そこに豆があれば投げる。豆まきとはそういうものだろうマリモ君」

「………」

「…あああ待て! ちが…ちょっとストップ! おれの手を見やがれこんちくしょう! 酒と恵方巻が要らねェのか!?」

 そこに豆があるから投げるという論理に則って、服をはらったおかげで周囲に点々と転がっていた豆を力一杯サンジにぶつけてやれば、彼は左手に乗せてきたトレーを強調するように高らかに持ち上げた。
 言うことがころころ変わりやがると舌打ちしながらも、お酒という言葉にぴくりと片眉を反応させたゾロが、思わず復讐の手を止める。その沈黙にニヤリと笑って、サンジは仏頂面のゾロの横にどかりと腰を下ろして胡座をかいた。

「今年の恵方は西南西だとロビンちゃんが教えてくれたが、まァ沈黙のままに飯を食うなんて海賊船にゃ不釣り合いだからな。自由に食えばいい……って、人の話聞いてねェし」

 見ればもうゾロの両頬は膨らんでいて、手にはしっかり酒瓶が握られている。いただきますぐらい言ったらどうだと胸中で垂れるいつもの文句はあれど、食っちゃあ呑んでを繰り返すゾロの眉間の皺が心無しか先ほどより少しだけ薄いような気がしないでもない。
どれだけ腹の虫が悪かろうと大抵のことならばこの男は酒さえあれば扱いが容易い。だからサンジは港町に立ち寄るたびに、ちょっと多目に酒を仕入れる。クルーの好物を分け隔てなく給仕するのはコックとしての当たり前のポリシーだとあらかじめ皆に宣言してあるので、微妙な贔屓が露骨せずに済んでいるのが助かる。というか別に媚びているわけでもなく、要は酒を眼前にちらつかせれば大人しくなる様子を見て楽しんでいるといったほうが正しいかもしれない。

「それ食ったらちゃんと豆も食うんだぞ。習わしは歳の数に一個足した数だが、今日は特別に食べ放題だ」

「キッチンにあんのか? おまえこんなところに居て、ルフィが全部食っちまってたらどうすんだ」

「あァ、それなら心配ねェ。おめェの分はここいらに散らかってる豆で充分だろ。なんなら格納庫前に落ちてるヤツでもいいんだぞ。20個以上食っても今日のおれは文句言わん」

「………」

「あぎゃー! だからもう豆まきは終わったっつの! おれァ鬼じゃねェ! 既に落ちてる豆リサイクルすんなァ!」

「その豆を食わせようっつーんだからそれこそリサイクルだ眉毛てめェ! おれが今、本物の鬼を斬ってやる!」

 手当たり次第に豆を投げつけたあと、ついに立て掛けていた三代鬼徹にゾロが手を伸ばしたもんだから、いよいよサンジも立ち上がって応戦しなければならない。
 獰猛な剣士を宥める事において、酒の上を行くもの。
 それがあと一つあることを知ってはいても、それは本当に本当の最終手段だ。自分からハイどうぞと差し出せるものでもないし、何より与えた対価が己の腰に残るからだ。その辺りの匙加減が、一流コックであっても判断に迷うところなのである。









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