「でもこれって酷い詐欺だと思わない? サンタクロースを名乗る島なのに、実際にサンタは存在しないだなんて」

「島の名の由来は、クリスマスツリー用の木で有名だったことと、今夜の伝統行事から来ていたのね」

「説明されれば納得いくんだけど…見てよあいつら、本気で落ち込んでるわ」

 首長に赤と黒のサンタ服を渡され、互いを罵りながらも更衣室代わりの隣室に渋々入っていったゾロとサンジを残りのメンバーが待つ。
 ナミが盛大な呆れを含んだ溜め息と共に視線を送った先では、ルフィとチョッパーが一目でわかるほどがっくりと肩を落としている。
普段は喜怒哀楽の激しい連中も珍しくそれなりに真剣に耳を傾けていると思っていたので、当然本物のサンタクロースが居ないのだということも理解していると踏んでいた。ところがサンタに会えるかもしれないと意気揚々に船を降りた三人のうち、ルフィとチョッパーはどこでどう解釈を間違えたのか、この島には二人のサンタが居て、それぞれ望む物一つずつ、合計二つものプレゼントを貰えるものだと思っていたらしい。だったらあの時、ゾロの他にもう一人のサンタ役を選出する時になぜ挙手をしたのかと問えば、なんだか面白そうだったからと揃って返ってきた。人の話はちゃんと聴いとけ!と一発ずつナミから拳骨を頂戴して、彼らの頭にはたんこぶが膨れ上がっている。

「まァそう泣くなって。この島で云うクリスマスってのはおれらが知ってる25日のクリスマスより一週間も早ェんだし…」

「…にくー!」

「…わたあめー!」

「つか希望するプレゼントしょぼッ!そんなモンどこ行ったって簡単に食えんじゃねーか!…というかチョッパー、おまえは結局本よりお菓子を選ぶんだな」

「だってわたあめはキッチンがべとべとになるからサンジがだめだって」

 ぐすぐすと鼻水を垂らす二人をウソップが慰める。おれはお兄ちゃんかとセルフツッコミを胸中で済ませてから二つの猫背を撫でてやっていると、家屋を半壊させるのではと思うくらいの騒音が隣の部屋で響いた。ビリビリと余震で壁が揺れる。泣いていた二人までぎょっと目を剥いて、皆が扉に視線を集める。
人よりちょっと度胸の足りないウソップとチョッパーがごくりと生唾を飲み込んで、穴が開くほど扉を見つめること数秒後、ゆっくりと重々しく扉が開かれた。

「お待たせみんな! サンタが町にやって来た! 」

「ぎいやアアア血まみれサンタ!」

 扉の向こうに現れたのは爽やかな笑顔のサンジと無表情のゾロ。共に色違いのサンタ服を着用しているが、頭から流れる血の色は一緒だ。くらりと血の気を引かせたチョッパーの背を支えて、ウソップは思わず飛び出してしまった目玉を慌てて引っ込める。どうせまたくだらない言い掛かりの押し付けあいをしたんだろう。口喧嘩だけで終われないほど血の気が多いなら、わざとチョッパーを起こさずに流血させておいたほうがいいのかもしれない。顔を合わせればこうなることが必然となっている二人に、果たして無事、サンタクロースの任が務まるのだろうか。相方サンジを推した身であるウソップは、今更ながらあの時の自分の発言に後悔を募らせる。

「失礼なヤツだな。ウソップ…お前にはプレゼントやらんぞ」

「何気にゾロも乗り気かよ! 大体そんな血まみれたサンタどこの国行ったっていねェわ!」

「あんた達…普通に着替えることも出来ないの?」

「ああナミさんっ! おれァ君だけのサンタになりたかった…!」

「とりあえず血を拭け」

 騒ぎを聞き付けた老人たちがゆったりとしたマイペースな歩調で部屋を覗きに来る。一通りの事情を話し終えたあと、彼らは今夜の残りの準備があるからと別室に移動していたのだ。
一味は流血沙汰に見慣れてしまっているが、ご老人にスプラッタは色々とショックが大きいかもしれない。ナミとウソップが急いで入口に向かって彼らを中に入らせまいと説得しているうちに、この建物内でとりあえずたくさん血を拭けそうなタオルの類いを、ロビンが能力を駆使して見つけ出す。壁から目、床から手の生えた光景など、遭遇されたらそれこそ心臓に負担が掛かりそうなので慎重に。その辺りの配慮と仕事の早さは幼少期に嫌というほど培ったので、大した時間を割かずとも、一瞬の気絶から無事に意識を取り戻したチョッパーの手にそれらは渡った。

「ほら、傷診せてくれ。救急セット持ってきてよかったよ。誰か一人はこうなるんじゃないかと思ってたんだ」

「さすがチョッパー、察しがいいな」

「! そんなっ…ほ、褒められたって嬉しかねェぞコノヤロー!」

 と言いつつ、目尻をぐっと下げて頬を赤らめ、嬉しさを伝えるいつもの全身全霊の表現を目の前にゾロが微笑を浮かべる。届かないから座ってくれと足元を引っ張られて胡座をかけば、傍に寄ってきたチョッパーがリュックからいそいそと治療具を一式取り出した。
 船医が消毒液を浸した綿をちょんちょんとピンセットで摘まんでゾロに治療を施している間、サンジは血を垂らす後頭部をタオルで押さえて、反対の手で靴裏を使い煙草をふかす。

「にしても案の定というかなんというか、やっぱりサンジが黒なんだなァ」

「ん?あァ、何しろおれは二人目だからな。別名迷子のクソヤローの目付け役」

 なんとか説得の下、老人たちには部屋に入られずに済んだので、ナミと共に皆の輪に戻ってきたウソップが尋ねる。
 二人の衣装のデザインは、サンタ服という視点から見ればオーソドックスといえるようなものだ。首と手首と足首に柔らかいファーが付いていて、布地が赤のゾロはそこが白、地が黒のサンジは薄いブラウンになっている。
上下つなぎの少しだぼついた感のある大きさだ。腰にはベルトが装着されている。フィットし過ぎよりもそれらしく着こなしているので、逆にぴったりのサイズではないかと思える。色合いは赤を基調としたゾロの衣装がサンタの典型といえそうだが、普段から黒服を好んで選んでいるサンジが着こなせば、斬新な色のサンタ服もキマって見えるから不思議だ。

「それに話によると、おれはいわゆる飴と鞭の、鞭振るう役なんだろ? 食料盗み食いする船長のおかげでお仕置きはクソ得意だぜ」

「人聞きが悪いぞサンジ!つまみ食いはおれの腹を常に満たさないお前のせいだ!」

「どの口が言ってんだクソゴムてめェ! つまみどころの話じゃねェぜ全く…。今夜おれが居ねェからって妙なことしやがったらただじゃおかねェぞ。おいウソップ! おめェちゃんと見張っとけよ!」

「だからなぜおれなんだサンジくん! おれァこいつらの兄ちゃんじゃねーんだぞ!」

 わいわいガヤガヤは船を降りたところで所詮一緒かと、ナミがロビンと顔を見合わせてくすりと笑った。
 現在の時刻は21時を回っている。イベント開始まで、3時間を切っていた。





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