水平線から太陽が顔を出してしばらく、つまりは空と海との境界がぼんやりと浮かび上がるようになってから、サンジはクルー全員分の朝食を準備する為に一足早く起床する。 無造作に金髪を掻き回して大きなあくびをひとつしながら、いびきが二重にも三重にも重なる色々と男臭い部屋から抜け出して、まずは洗顔と歯を磨きに洗面台を目指すのだ。 人数分の歯ブラシが並ぶ中から青色の私有物を選んで口に突っ込む。漠然としか今日一日のメニューを組み立てられずにいた頭が、口の中に広がるミントで徐々にすっきりと覚醒していく。 昨夜の残りの魚介スープを使ってリゾットにしようか。先日立ち寄った港で仕入れた野菜は新鮮なうちに、サラダかサンドイッチにして食べてしまいたいし。 歯ブラシを握る手は機械的に動く一方で、頭の中では徐々に具体的なメニューがシュミレートされていく。 この時間はとても短くはあれど毎朝のサンジの習慣にもなっていて、クルーの栄養管理から始まり、いかなる料理においても完璧を追求するプロ意識の高さを保つ上では大切な日課なのだ。 一日分のメニューが決定し、ふと気づけば口の中には結構な量の泡が溜まっていて、サンジはそれをぺぺぺと吐き出す。コップを掴んで口を濯ごうとした時、おもむろに扉が開いた。 (こんな時間に。ロビンちゃんか?) 平和な時分、クルーは船長を筆頭に大体が寝坊助だ。自分以外に早起きが出来る人間はあと一人しか考えられなかった為、殆ど確信に近い思いで顔を上げた。 しかしそこにいたのはクルー中もっとも寝汚いゾロだったので、サンジは目を見開いて驚いた。 「なんだよマリモかよ。おめェどうした、こんな朝早く」 いつものしかめっ面が眠気が漂うせいで輪をかけてひどい顔になっている。扉を開いて風呂場に入って来たはいいが、猫背だし足元は微妙に覚束ない。 そんな、いかにもまだ眠いです! みたいな顔をするんだったら、何時もみたいに無遠慮に寝っ転がっていればいいのに。 「……腹減って、寝てらんねェ」 しかし地の底から響くような掠れた声でゾロがそう言うので、サンジはああなるほどと納得した。 寝癖もつかないような短髪を掻いてのそのそとサンジの隣へやって来て、緑色の歯ブラシを手に持つ。 「あ! ああ待て待て待て!てめェそりゃ歯ミガキ粉じゃなくてナミさんの洗顔料だ!」 「……」 「いやいやだから違ェっつってんだろ! ぼーっとしてねェで目ェ覚ませアホ!」 ゲシッと足を蹴り上げてやっても、ゾロは三刀流を自在に操る一億超えの賞金首とは思えないほど緩慢な動作で、サンジに言われて漸く歯ミガキ粉の入ったチューブを手にしていた。 「っとにだらしねェ。すぐ飯作ってやっけど三十分はかかるぜ。おめェのことだからその間にまた…って言ってるそばから寝てやがるし!」 ぶくぶくぺーっ! と口内を洗浄し終えて鏡越しにゾロを見れば、なんとも器用に歯ブラシをくわえながら鼻提灯を垂らしている。 強烈なミント臭だろうが硬くて味気ない歯ブラシだろうが口に放りこめばいいってそういう話なのか? 太い首はうつらうつらと船を漕いでいて、サンジは半ば感心してしまった。 「んなモンで満足されちゃおれァ面目丸つぶれだっつのクソマリモ」 きっと痛くも痒くもねェんだろうなァと思いつつ、べしっと額を叩いてからサンジはラウンジに向かうことにする。 カッターシャツの袖をもうひと折りして腰にエプロンを。 眠気ぶっ飛ぶくらい美味い飯作ってやろうじゃねーの! と意気込んで、その手に包丁を握った。 << |