「よォし、おめェら! ちゃんとここに一列に並びやがれ!」

 南東の風は7ノット。
トレイを左手に仁王立ちするサンジの髪は柔らかく空に揉まれている。
 午後三時のお茶の時間に、メリー号のラウンジ前には四人の男子が集結する。
先頭は麦わら帽子をかぶった船長。今か今かと瞳とよだれを太陽に煌めかせ、忙しなく地団駄を踏む。その彼の股下からキラキラした顔を覗かせるのはトナカイで、さらに後方に続く長っ鼻も、そんな二人の様子に気分を高揚させているようだ。

「一応イベント事だからな。ちゃんと例の文句を言うんだぞ」

 じゃなきゃこれは食わせねェと胸を張るサンジに、ルフィは授業中に発言権を求める子供のごとく、勢い良く手を挙げて声高々に言ってのける。

「おし! おれはちゃんと知ってるぞ! トラック・オア・トレードだ!」

「ちげェよ! トラックか貿易かなんてハロウィン全然関係ねェだろ!」

 びしー! とすかさずツッコミを入れたウソップにチョッパーは爆笑し、素でボケた張本人もつられて笑い出す。サンジはそれを溜め息で受け流して、一番後ろのゾロは呆れた顔を見せていた。そんな和気藹々の男子クルーを、ナミとロビンは一足早く紅茶と一緒に出されたパンプキンタルトを味わいつつ、微笑んで見守っている。

「ルフィ、それを言うならトリック・オア・トリートだ! な、サンジ?」

「その通りだぜチョッパー。ほら、カス一つ残さず食えよ」

「やったー!」

「あ、サンジ、おれにもー!」

「おめェはもっかいちゃんと言えてからだ」

 波音が荒々しくない分、彼らのどうでもいいが何より平和なやりとりが海上にこだまする。
無事に一人ひとつの、宝石みたいにあめ色に輝くタルトを手にした三人は騒々しく甲板に散り、サンジの前にはゾロのみが立ち塞がった。

「んだよ、おめェも要んのか」

「腹減ってんだ。貰えるモンは貰っとく」

「おめェはいい歳したマリモなんだから、レディとガキに分けてやりゃあいいものを」

この食い意地ハラマキが!
 サンジはぶつくさと不満を垂れ流しながら、それでも押し付けるようにタルトを一つ、ゾロの懐へと差し伸ばす。
それを右手で受け取って、その時に気がついた。サンジはポケットに突っ込んだ左手の肘にトレイを挟んでいる。つまりはトレイは飲食物を運ぶ為の役割を担っていない。イコール、トレイの上には、もう何を乗せる必要もないということ。

「…これ最後か」

「あ? だったら文句あんのか? もとからカボチャの量少なかったんだ。その大きさが人数分で割れる限界だっつの」

 そう、すべてはハロウィンオリジナルの菓子が食べたいというナミのリクエストから始まったこと。
鼻息荒くご期待に沿えようとシャツの袖を捲ったものの、肝心の材料のストックが十分になかったのだ。
そう頻繁に港を経由出来るわけではない航海では、いかに食料保持に努めるかが重大な鍵となる。サンジは苦渋の判断の末、けれどその中で精一杯のデザートを振る舞おうと悩み、結果的に出来上がったのは、ゾロの右手の中の小振りなパンプキンタルト、というわけだ。つまり6人分を作るのが限界だったということ。作ったサンジ本人の分はどこにもない。
一つの質量が小さい分、だからこそ船長のいつもの暴飲暴食を阻止するために、わざわざ整列までさせて一人ひとつしかないタルトを与えた。いつだって余計な一言を付録にしつつも、きちんとゾロの分だって用意しているサンジはしかし、今回ばかりは自分の分を確保することが出来なかったのだ。

「なんだよ、食うんなら早く食っちまえ」

 おれァまだ洗い物の残りがあんだよ、とこちらに背を向けてラウンジへと足を踏み入れたサンジに、ゾロは一口タルトを食べて、その左肩をぐっと掴む。

「なにっ…んん!」

 怪訝な振り向き様にキスを仕掛ける。勢いがよかったのでちょっと歯が当たって痛かったが、サンジは目を見開いたまま、ゾロの唇が甘いことを己の唇で知る。
残りのタルトを持っていない左手がサンジの腰に回って引き寄せるので、仕方なくその腕に手を添えてみた。これが他のクルーの目に行き届いてしまう部屋の外だったなら蹴り飛ばしているところだが、あいにくここは、二人以外に誰もいないラウンジだ。

「ん……っふ…」

 鼻先が擦れ合うのが擽ったい。ゾロが気紛れに角度を変えて触れてくるものだから、その唇の甘さを余計味わっているような気分になって、サンジは気づけば目を閉じて、自分から食むようなキスを仕掛けていた。
暫くそうしてくっつきあって、けれど唐突にゾロのほうから解放を示唆する。
離れた瞬間に半ばキスに夢中になっていた顔を見られたのでは、とサンジが急速に我に返ると、目の前のゾロがニヤリと笑って、もう一口タルトをかじった。

「そんなに物欲しそうな顔してもやらねェぞ。こりゃもうおれのモンだしな。てめェには味見させてやったんだ」

 これ見よがしに残りのタルトを全部口におさめて、ゾロはラウンジを出ていった。
それをぽかんと見送ったサンジは、情欲より食欲だと勘違いしてくれたことに安堵しつつ、それでもやっぱり夢中になってしまったゾロとのキスを払拭したくて左右に大きく頭を振る。

「甘ェーんだよバカ野郎」

 それは一体、自分に対してかゾロに対してか。
答えは胸元のタバコに手を伸ばした、サンジのみが知る。







麦わらファミリーのお母さんとお父さん的な

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