いつか、私は何処か遠い国に嫁いでしまうかもしれない。幸村は何処かの国の綺麗な本物のお姫様と一緒になってしまうかもしれない。それでもいい。ずっとじゃなくてもいい。いつかそんな日が来てしまうまで、幸村の隣にいたいの。約束なんてもうどうでもいいの。
「…」
幸村に好きだと告げてから、幸村は一言も喋らない。ただ驚いた顔をして、私を見ているだけだった。沈黙に耐えかねて幸村に背を向け、再び口を開いた。
「約束なんて守ってくれなくていいの。ずっとだなんて望まない。」
「駄目だ!」
突然幸村が大声で叫ぶ。ハッとして振り返るとそこにはとても真剣な顔をした幸村が立っていた。
「守らなくてよいなどと、そのような事、言わないでくれ…」
「幸村…」
「確かに某は、姫様との約束を破ってばかりおりました。一番大切な約束も思い違えておりました。しかし、ひとつひとつの約束は、某にとって、とても大切なものなのでございます。だから…」
そう言って、幸村は少しずつ私の方へと歩く。
「某にもう一度守らせてほしい。」
槍を振るう時のような、真剣なまなざし。凛々しい声。それと共に幸村が私の目の前で立ち止まる。見上げると幸村は今度は優しい顔をしていた。
「姫様にお見せしたい景色がたくさんあります。少しずつ、共に見に行きましょう。」
「…いいの?信じてもいいの?」
声が、震える。それは、また幸村が約束を破る時がくるのが怖いのか、それともまっすぐに私を見て、誓ってくれたことが嬉しいのか、よくわからない。だけど、ゆっくりと、だけど力強く頷いた幸村を見てきっと嬉しくて声が震えているのだと思った。段々と視界が滲んでいき、たまらなくなって私は幸村に抱き付いた。
「っ、十六夜…!?」
「幸村っ、好き、大好き…!」
好き、という言葉が、口から溢れてくる。それと一緒に涙も溢れてきて、自分ではどうしようもない。溢れ出した想いを幸村に伝えようと、幸村の背に回した腕に力がこもる。すると幸村は同じように私の背中に腕を回してきた。
「っ、幸村…?!」
普段の幸村からは考えられないような行動に驚いて顔を上げると、真っ赤な顔をした幸村と目が合った。赤い顔を見られたくないのか、すぐに頭に手を回され強く抱きしめられて、幸村の厚い胸板に顔を埋める形になった。とくん、とくん、と幸村の心臓の音が聞こえてきた。
「十六夜、そのままで聞いて欲しい」
「う、ん…」
「…十六夜、俺もそなたを愛している。幼き頃からずっと」
「…!」
言葉と共に強められる腕の力。
「ずっと、自分の気持ちから逃げていた。身分の違いや時間を理由にして、気付かぬふりをして。一度は誰にも明かさず心の奥底にしまおうと思っていた。しかし、もう、抑えられそうにない」
「幸村…」
「俺は、そなたと共に生きて行きたい。この乱世も、お館様の御上洛の後の平和な世も、十六夜と共に歩んでいきとうござる」
「っ、私も…!私も、幸村と一緒に、いたい…!」
精一杯の気持ちを込めて、言葉を紡ぐ。途切れ途切れだったけど、それは幸村にちゃんと届いていたようで、私を抱きしめる腕に更に力がこもる。負けじと私も幸村の背に回している腕に力をこめる。
ずっと、ずっと、夢見てた。二人で一緒に歩くことを。嬉しくて、幸せで、心の奥がじんわりと温かくなってそのあたたかさに目を閉じた。
しばらくそうしていると不意に、幸村の腕の力が弱まる。不思議に思って目を開けて顔を上げてみると、幸村はとても優しい顔をしていた。
「今一度、誓ってくれるか?ずっと、そばにいてくれると」
「…うん!」
差し出された小指に、そっと自分の小指を絡ませる。絡ませた後に互いの口から流れたのは幼い頃にうたった歌。ゆびきりをする時にいつもうたっていた、あの。
もう、こわくなんてないわ。きっと、幸村は守ってくれるもの。私だって、守ってみせるもの。
ゆびきりげんまん
きっといつまでも、この約束は二人の心の中に。