「幸村、こっちこっち!はやく!」
「待ってくだされ!そんなに走っては危のうございまする!」
「大丈夫よ、もう子供じゃないもの!」
後ろから大声で幸村が止めるのも聞かずに走る。だって楽しくって嬉しくってしょうがないんですもの。
幸村達が本能寺から帰って来て一月ほど経ち、父上の傷も癒えはじめた頃、私と幸村は父上から城下へおりる許可をいただいた。幸村が一緒に行くのなら、そう言って父上はいつものように笑った。こんな簡単に許可がおりるなんて思わなかったけど、魔王がいない今、少しは平和な世になったということかしら?
城下町にはいろんな人がいて、たくさんのお店があった。ほぼ全部が見たことのない珍しいものばかり。
「まぁ、素敵な髪飾り…!」
「誠でございまするな!きっと姫様によくお似」
「あら、あちらのお店は何を売っているのかしら?」
「合いに…。あれ、ひ、姫?」
「幸村、あれはなにかしら?」
「…ああ、あれは」
「見て!甘味処だわ!もしかしてあれが幸村がいつも通ってるところ?」
「へ?…いえ、あの店も中々でございまするがそこではございませぬ。もう少し先の…」
「あっちの子供達はなにをして遊んでいるのかしら?楽しそう!」
「ひ、姫様!」
右から左、左から右。あっちからこっち、こっちからあっち。もっと向こうのほうまで。色々なものが珍しくて次々と目移りしてしまう。新しい何かを目が捉える度に、それがある方に勝手に進む足を自分で止められない。
「ねえ幸村、あっちは…」
「っ、姫様!」
「!」
不意に幸村に左手首を掴まれる。驚いて幸村の方を見ると困った様な顔をしていた。
「ゆ、幸村…?」
「城下におりられて嬉しい気持ちはわかりますが、もう少し落ち着いてくだされ。側にいて下さらねば、もしもの時に守れませぬ」
「…ごめんなさい、」
「いえ、わかってくださればよいのです。甘味処はすぐそこでござる。案内いたします故」
幸村は笑ってそう言うと、私の手首を離して歩き始める。そして、今度は私が後ろから幸村の手を取る。それに気付いた幸村は真っ赤な顔をして振り返った。
「!?ひ、姫様っ、なにを…!」
「何って…手を繋いだだけじゃない。これならはぐれる心配もないし、側にいて守ってくれるんでしょう?」
「確かにそう言いましたが、しかしこれは…!」「じゃあ命令。甘味処に着くまででいいから手を繋いで」
私がそう言うと幸村は観念したようでそのまま歩き出した。繋いだ手はがちがちで、歩き方も何処かぎこちなかったけれど、私の歩幅に合わせて歩いてくれていた。
あれだけ顔を真っ赤にしていた幸村も、甘味処に着いてお団子が運ばれてくるとすっかりいつもの幸村に戻っていた。お団子を頬張る幸村はとても嬉しそうで、さっきまでの私みたいだった。お団子を食べながら、色んな話をして、ころころと変わる幸村の色んな表情を見ていたら、あっという間に時間は流れて行った。
「ありがとう幸村、今日は楽しかったわ」
「誠でございまするか!それはなによりでござりまする!」
甘味処を出て、馬を繋いでいる場所まで並んで歩く。そろそろ屋敷に帰らなきゃいけない時間だわ。本当はもっと色々見て回りたいけど、父上達に心配をかけるわけにはいかない。まだ帰りたくないと、駄々をこねれば幸村は困ったように笑って我が儘を聞いてくれるだろうけど、幸村まで怒られてしまう。せめてもの抵抗として、少しだけ歩く速さを落とす。だけどすぐにその場所まで着いてしまって、少しだけ寂しい気持ちになった。
「さ、帰りましょう幸村。」
寂しいだなんて顔を幸村に見せないように、先に小走りで馬のところまで行く。
「…姫様、」
同じようにこちらに歩いてきているはずの幸村が私を呼んだ。その声に振り返ると、歩いていると思っていた幸村は、私が先程走り出したところで立ち止まっていた。
「…どうしたの、幸村?」
「…姫様に見てもらいたいものがございまする。少しだけ、某に姫様のお時間を戴けませぬか?」
「え…?」
幸村の言葉に驚く。幸村だってもう屋敷に帰らなければいけない時間だという事はわかっているはず。まだ帰りたくないとは思ったけど、それは口に出していない。驚いたままなにも言わずにいると、幸村は悲しそうな顔をした。
「…駄目、でござりましょうか」
「ううん!そんなことないわ!いいに決まってる。…でも、もう帰らないと父上達に怒られちゃうわよ?」
「その時は、」
言いながら幸村はゆっくりとこちらに歩いてきて、私の前で立ち止まった。
「二人で叱られましょうぞ」
「…、うん!」
悪戯っ子のような笑みを浮かべた幸村に、小さな頃の事を少しだけ思い出して、うれしくなった。父上達に怒られるのがわかっているのに、私は弾んだ声で返事をした。