必ず、帰ってきて。念を押すように何度もそう繰り返せば、幸村も独眼竜も困ったように笑っていた。

「必ず戻って参りまする!」

「安心しな、じゃじゃ馬」

二人の声をしっかりと聞いて、覚える。馬に乗って、本能寺へと駆け出した二人の背中を見つめながらその言葉をまじないのように頭の中で何度も何度も繰り返す。いつの間にか二人の後ろ姿は見えなくなっていた。それを確認してから私は屋敷へ戻る為に踵を返した。

「十六夜ちゃん」

「っ…佐助、」

振り返った先に、佐助が安心したような顔をして立っていた。

「旦那達、本能寺に行ったの?」

「うん」

「そっか、よかった」

そう呟いた佐助は優しく笑って私の頭を撫でた。

「…旦那が決心しないで、十六夜ちゃんが本能寺に行っちゃったらどうしようって思ったよ」

「幸村が決心してもしなくても私は本能寺へ行くつもりだったわよ?」

そう言ってやると頭を撫でる佐助の手がピタッと止まって、微笑んでいた顔は驚きの色に変わった。

「それ…本気?」

「本気よ。独眼竜に本能寺には二人しか行けないって言われたけど」

もちろん、本能寺には二人しか行けないなんて、そんなの信じちゃいないけど。

「だけど…幸村と約束したから。幸村は必ず魔王を倒して帰ってきくれるって言ってくれたの、だから私は父上の側で幸村の帰りを待ってる。」

「…そっか、」

佐助はまたさっきみたいな優しい顔をした。そんな佐助に微笑み返してから私は、屋敷の中へと戻った。




自室に戻って、武装を解いて普段通りの着物に着替えて父上が眠る部屋へと向かう。庭や門の近くで兵達が忙しそうにしていたけれど、特には気に留めずに目的の場所へと急いだ。

部屋にたどり着いて、襖の前に座って形式的に声を掛ける。

「…十六夜です、誰かいますか?」

「十六夜様!椛がここにおります。お入りくださいませ」

襖の向こう側から椛の声が聞こえた。声に従って襖を開けると、部屋の真ん中に眠る父上と、そのすぐ側に椛がいた。部屋に入って父上達に近付くと、椛は深々と頭を下げた。

「お待ちしておりました」

「父上のお世話は私がするわ。」

「猿飛殿から聞いておりまする。」

そう言うと、椛は水が張られた桶と濡れた手ぬぐいを差し出した。椛の隣に座って差し出した桶を受け取る。

「表の兵達を御覧になりましたか?」

「うん」

「真田殿も伊達殿も本能寺へ行かれました。武田の兵も伊達の兵も上杉の兵もお二人の後を追いかけるつもりです、私も共に行こうと思います」

「椛…」

私も行く、その言葉に不安が込み上げる。

「…ご心配は無用です、十六夜様。私共は必ず帰って参ります。本能寺へ行くと申されたあなた様の強い意志…その分まで私や猿飛殿が戦います」

椛はどこまでもどこまでも優しい声と笑顔でそう言った。声は優しいのに、その言葉には強く頭の中に響いていた。

「…椛、」

「はい、」

「ちゃんと、帰ってきてね。絶対よ、みんな揃って…」

「勿論でございます、あなた様を悲しませるような事は武田の者ならば誰ひとりいたしませぬ」

「っ、うん…」

椛の言葉に、涙が出そうになる。先程の不安は、すでにどこかへ消えてしまった。椛はそんな私を見て、困ったように笑った。


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