「残念だったな、じゃじゃ馬」

門のところまで連れて来た自分の馬を撫でながら独眼竜は呟いた。

「…なんの話?」

「アンタが本能寺へ行くなんて言い出したのは、アンタがそう言えば、真田幸村が止めて自分が行くと言う、と思ったからだろ?」

「…半分正解よ。でも、もう半分は本気。」

本当は、殆ど本気だった。心の片隅にもしかしたら、って思いがあったけれど。だけど、幸村は私を止めなかった。だからもう迷わないわ。私が、行く。

「…独眼竜、ありがとう。私の我が儘を聞いてくれて」

微笑んで独眼竜にそうお礼を言えば、独眼竜は同じように微笑んで私の頭を撫でた。

「…強いな、アンタは」

「独眼竜、」

「政宗でいい、十六夜」

「…遠慮するわ、独眼竜」

初めて独眼竜に名前を呼ばれて少し驚いた。…というより、なんだか変な感じがしたから少し考えつつも遠慮した。

「Ha!そうかい、じゃじゃ馬」

私がいつものように独眼竜と呼ぶと独眼竜はいつものような人を馬鹿にしたような笑みを浮かべていつものように私のことをじゃじゃ馬と呼んだ。その笑みに少しムッとして独眼竜を睨みつけた。その時、

「待たれよ!」

聞き慣れた声がして、独眼竜の手が私の頭の上から離れた。二人で声のした方を振り向く。

「独眼竜ー!」

そこには独眼竜と叫びながら二槍を掴んだままこちらに走ってくる幸村がいた。

「ゆ、幸村…?」

私達の所までおそらく全速力で走ってきたはずの幸村は独眼竜の前で立ち止まり息を切らさずに叫んだ。

「拙者、同道いたす!」

「えっ?」

幸村の言葉に驚いて独眼竜の方を見て更に驚く。私と同じように驚いていると思っていたけれど、独眼竜は幸村を見てニヤリと笑っていた。

「はっ、All right!」

「ど、独眼竜…!」

「姫様!」

幸村は、今度は私に向き直った。そして勢いよく頭を下げた。

「申し訳ございませぬ、姫様…!姫様が某を本能寺へと導くためにと申してくださった言葉に気が付かずこのようなことに…本当に申し訳ございませぬ!」

そう言ったあと幸村は、さっきと同じような勢いで今度は顔を上げた。

「しかし、もう心配ございませぬ!某は政宗殿と本能寺へ参ります!姫様は安心して屋敷でお待ちを…」

「ち、ちょっと待って!私は…」
「そういうこった、じゃじゃ馬。おとなしく待ってな」

私は本能寺へ行く、そう言おうとしたのに独眼竜に言葉を遮られてしまった。独眼竜の方を見れば、いつもと同じ顔をしていた。

「悪いな、本能寺行きのticketは二人分しかねぇ」

「だけど、さっき…!」

「姫様!」

「きゃっ!」

抗議しようと独眼竜に近付こうとすると、いきなり幸村に腕を引っ張られた。驚いて一瞬だけ目を瞑ってしまった。その直後、私の目の前には真剣な顔をした幸村がいた。逃げられないようにしっかりと肩を掴まれている。がしゃん、と槍が地面に倒れる音がした。

「ゆ、幸村…!」

「姫様、どうか某の事を信じてくだされ…!」

「っえ…?」

「何度も交わした約束を破ってきた某を、もう信じられぬとお思いになられても仕方ないと分かっております…しかし、これだけは信じて欲しいので御座りまする…!」

段々と泣きそうな顔になる幸村に、心が悲鳴をあげはじめる。そんな顔をこれ以上見たくなくてゆっくりと頷いた。それを見た幸村はゆっくりと私の肩を掴む手を離して、さっきみたいな真剣な顔をした。

「姫様、某は必ず、本能寺にて魔王を討ち取り、ここへ戻ってまいります。姫様はどうかお館様のお傍で待っていてくだされ」

「幸村…」

「これを、」

そう言って幸村は懐から何かを取り出して私に差し出した。

「…!これ…」

それは私がずっと探していた、幸村から貰った大事な簪だった。なくしたと思っていたけれど、幸村が持っていたのね。よかった…、心の中でそう呟き、幸村から簪を受け取ってぎゅうとにぎりしめた。

「…祈っていてくだされ、姫様。我らの勝利を」

「幸村…」

「…っ!」

優しく微笑んだ幸村の手をゆっくりと取ると、幸村は驚いたような顔をして頬を赤くした。それに構わず私は、さっき幸村から受け取った簪を再び幸村の手に返した。

「ひ、姫様…?」

「祈ってる、信じてるから…だから、ちゃんと帰ってきて。また私にこの簪をちょうだい」

幸村の手ごと、簪をぎゅうっと握る。幸村の手は小刻みに震えていた。幸村の顔を見るとさっきよりも真っ赤な顔をして何度も頷いていた。

「…そのくらいでOKか?」

「独眼竜…!」

後ろから声を掛けられ、驚いて振り向くと呆れ顔の独眼竜がいた。私は何だか恥ずかしくなって幸村の手を離した。それを見た独眼竜はため息をついた後、腰に携えていた武器を抜いて幸村に突き出した。それに反応して幸村も地面に横たえた二槍を掴み受け止めた。私は驚いて、咄嗟に二人から少し離れた。

武器と武器とが交じり合ったところから赤い炎と青い雷が巻き起こり、空に掛かる雲を払った。空からゆっくりと二人に目線を移すと、幸村はさっきまで顔を赤くしていたとは思えないくらいに生き生きとした顔をしていた。

見るのが嫌だった表情なのに、その顔に私の心は高鳴った。


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