「十六夜様、お水をお持ち致しました」

頼まれた水を持ち、障子越しに十六夜様に声をかける。

「…十六夜様?」

少し待っても十六夜様のお声が聞こえなかった。もう一度十六夜様を呼んでみても、返事はない。まさか、具合が悪くなられて倒れられているのでは…。

「…っ、失礼致します!」

不安に駆られ、障子を引く。そこにあった布団には、十六夜様のお姿はなかった。目だけを動かして部屋の中を探しても、人の影すら見当たらない。

「十六夜様!いらっしゃりませぬか!」

奥の襖を開けて名前を呼んでも、返事は返ってこない。

「…っ!」

まさか、また何者かに連れ去られたのでは…?そうだとしたら、私はまた何をしているの。

とにかく十六夜様を探さねばと、お館様の眠る部屋以外の屋敷中の部屋を探し回る。仕事をしていた他の女中に聞いても、十六夜様の情報は聞けなかった。

屋敷の中に十六夜様はおらず、今度は庭の方を探す。忍の方には屋敷の周囲や屋根の上を探してもらった。庭を走り回り探していると、普段兵達の防具が仕舞ってある蔵の扉が少し開いているのを見つけた。すかさず蔵の中に入り、名前を呼ぶ。

「十六夜様!どちらにいらっしゃるのですか!出て来てくださいまし!」

暗闇の中で名前を呼んでも、やはり十六夜様の声はしない。

「…いったい何処に…」

ここにもいない、やはりまた何者かに連れ去られたとしか思えない。ならばはやく動かねば、十六夜様のお命が危ない。真田殿や猿飛殿にお伝えしなければ。そう思い身を翻し、お館様が眠る部屋へと急いだ。

廊下を走り、目指す場所へと近付くにつれ、数人の話し声が聞こえてきた。しかし、それぞれが誰の声であるかを聞き分ける余裕はなく、そのまま走り続けた。

目的地への道の最後の角を曲がって見えた光景に立ち止まる。

「…っ、十六夜様…?」


そこで目にしたのは、武装し、槍を抱えた十六夜様だった。今まで見たことのない凛々しい目を梵に向け、そこに立っていた。

不思議なことに、私の目がその姿を捕らえた途端に、足は床に吸い付いたように動かなくなった。


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