遠くから咆哮が聞こえた。その獣の声の方を振り返ると、そこには二頭の虎が横たわっていた。一頭は大きな太った虎で、片方は少し小さくて、大きな虎よりも痩せていた。ぴくりとも動かない二頭の虎に近付くと、大きな虎のお腹から赤い液体が流れ出した。赤い液体はすぐに大きな水溜まりになって、隣の小柄な虎と私の足を赤く染めた。



「…っ!」



ぱちり、今まで見ていた光景が自室の天井に変わった。それがわかって、今のは全て夢だったと理解した。二頭の虎も父上の事も、夢だったんだわ。…きっと。

「十六夜様…」

「椛…?」

私を呼ぶ声に気が付いて目を動かすと安心したような椛の顔が見えた。ゆっくりと体を起こして再び椛を見る。夢だとは思ったけれど、自信が無くて椛に尋ねた。

「…父上は、」

「…かなりの血を失ったようで…一命は取り留めましたが、目を覚ますのは何時になるか、まだ…」

伏し目がちに椛は話した。その姿に不安がどっと押し寄せてくる。夢じゃ、なかった。父上が倒れられたのは。じゃあ、私はあの時泣き疲れて眠ってしまったのね。更に椛は続けた。

「…越後の上杉殿も、織田の者に…」

「軍神様まで…?」

聞き返しても、椛は何も答えなかった。父上だけでなく、越後の軍神様まで倒れられるなんて。

「十六夜様。お嫌かもしれませぬが、当分の間は私めがお側におりまする。…敵は常に一番大切なものを狙います故、次は貴女様が狙われるやもしれませんから」

「…」

「お館様が倒れられて、真田殿も憔悴なさっておられまする。真田殿があの調子では我等だけで挙兵することは出来ませぬ」

「幸村、が?」

父上が倒れられて、真っ先に敵陣へ行くと言い出すと思っていたのに。そういえば、あの時ぐったりとしていた父上の側にいた幸村の顔はこの世の終わりの様な顔をしていた気がした。父上のことで頭がいっぱいだったから、曖昧にしか思い出せないけれど。


「椛、」

「十六夜様…?」

「…水が、飲みたいの。持ってきてくれないかしら?」

「承知致しました、お待ち下さいまし」

椛が頭を下げて立ち上がる。部屋を出て、障子を閉め歩き出したことを確認してから、私も立ち上がり、反対側の襖から部屋を出た。起きたばかりでまだ少しふらふらするけど、私の足は一歩一歩しっかりとある場所に向かっていた。



向かった先はあの蔵。重たい扉を開いて、中に入る。

「…私も嘘つきね、」

屋敷を抜け出そうなんて思わないから、って幸村に言ったはずなのに。だけど、じっとしていられないの。


「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -