佐助の言葉が耳に届いてそれを理解するまでに、幾分か時間が掛かった。まさか姫様の心の中にあった一番大切な約束と、某が思っていた約束が違うとは。
「旦那…覚えてないの?」
「そっ、そんなことはござらん!姫様と交わした約束、全て覚えている!」
どんな些細な約束であったとしても、覚えている自信がある。佐助が申した約束も、確かにちゃんと覚えていた。しかし、それが姫様にとって一番大切な約束だとは、夢にも思っていなかった。
(兄様…ずっと、十六夜の側にいてくれる?)
(何を言う!当たり前だ!)
(本当に?)
(ああ!)
(じゃあ、じゃあ、絶対絶対側にいてね?私をひとりにしないでね、兄様)
(勿論だ!)
頭の中に幼い姫様と自分自身の声が響く。同時にあの日の姫様の姿が浮かぶ。姫様は不安そうな目をしていた。
「…佐助、俺は」
姫様との約束を破ってしまっていたのか。あろうことかその約束も思い違いだったなど。俺は何をしているのだ、
「側にいると約束したはずが、俺は破ってしまった。己が強くなりたいが為に、約束を…」
「旦那、」
佐助が俺の言葉を遮る。
「姫様が側にいて欲しいっていうのはさ、確かにそういう事でもあるんだけどさ。」
「どういう意味だ」
「一番の理由は、一緒に成長していきたいって事だよ。」
一緒に…?佐助の言葉を上手く理解出来ない。理解しようと再び頭を働かせようとすると、佐助は続けた。
「姫様は…ずっと背を見てきたんだよ。大好きな旦那の背をね。」
「なっ…!」
ガシャン。佐助の言葉に驚いて手に持っていた槍が地に落ちて大きな音を立てる。大好きな、その言葉に顔が熱くなっていく。
「旦那さぁ…少しは慣れなよ」
佐助が呆れたようにこちらを見る。
「そ、そ、そのよう、な」
「ああもう。旦那、よく聞きな!」
動揺して言葉が上手く出てこない俺を見て、佐助はため息をついた。そして、びしっと人差し指を俺に向けた。
「…旦那が元服した時、十六夜ちゃんが泣いてたの覚えてる?」
佐助の言葉に黙って頷く。
「あれはね…旦那が遠い存在になってしまったからなんだよ」
「…遠い、存在?」
「そう。ずっと側にいてくれたあんたが、側にいてくれるって誓ってくれたあんたを信じてたんだよ。でも旦那は、自分を遠ざけて、自分の知らない場所に行ってしまって。十六夜ちゃんはそれが悲しかったんだよ。十六夜ちゃんは女の子だから、大きくなっても元服しない、戦へも行かない。あんたと同じ場所に立つことは出来ないんだよ。」
「…」
一緒に成長するなんて無理な事だ。女子と男が同じように育つのは無理だ。誰にもどうすることも出来ぬ事に、姫様は悩んでおられたのか。だが、それは俺だけが変わったのではない。
「十六夜とて…変わってしまったではないか」
「旦那、」
「十六夜も、会わぬうちに随分と変わってしまったではないか!姫らしく、女らしくなって、そ、その…他国から輿入れの話まで来るようになった!俺だけが変わったわけでは…」
そこまで口から出て、ハッとする。かような事を佐助に叫んで何になるというのだ…!佐助は驚いたような顔をして固まってしまった。途端に俺はどうしようもない羞恥に襲われた。