あれから数日、私は屋敷のほとんどの人を避けるようになった。世話役も椛じゃなくて、武田に来てまだ日が浅い女中にかえた。
見つからなかった簪を出来るだけ人目を避けながら私は屋敷中を探し回っていた。どうしても会ってしまう時は頭を下げ、足早にその場を去る。
そんな事を繰り返しながら私は今日も屋敷の中を探し回っていた。
「…ないなぁ」
どれだけ探しても簪は見つからない。もしかしたら松永に取られたのかも。
(でも、簪なんて取る…?)
特別に高価な簪でもないし、まず男の方は取らない。だとしたらどこかに落としたのかしら…。
「おい、」
「っ!」
後ろから声を掛けられ、しゃがんで簪を探していた私は驚いて立ち上がった。恐る恐る振り返ると知らない男の方が立っていた。
青を纏った隻眼の方、その姿に私は心当たりがあった
「独眼竜…?」
幸村や椛の話に出てきた、奥州の独眼竜伊達政宗。名前しか聞いたことはなかったけれど、私の声ににやりと笑ったから多分この人が独眼竜なんだわ。
「アンタが武田のじゃじゃ馬princessか?」
「な、なんですって!」
私が怒ると独眼竜はくつくつと喉を鳴らして笑った。初対面のくせになんて失礼な人なの。私の顔みて、じゃじゃ馬ぷりんせすだなんて…。ぷりんせす?
「屋敷抜け出して戦に出るprincessなんかじゃじゃ馬で充分だろ?」
「…じゃじゃ馬じゃないわ、私は十六夜!それから…ぷりんせすってなによ。」
「日本語で姫って意味だじゃじゃ馬」
「だからじゃじゃ馬じゃな…姫?」
姫。その言葉の響きに、頭がぐらりと揺れた気がした。
「どうした?」
「…私、姫じゃないわ。父う…信玄公に拾われたただの孤児よ」
父上、だなんて呼ぼうとした自分に恥ずかしくなる。私は信玄公の娘じゃない、だから武田の姫なんかじゃない。
私の言葉に独眼竜は溜息をついた。
「なによ、」
「いや、別に」
「用が無いのならどっか行って」
「用ならある」
独眼竜に背を向けると、独眼竜の足音が近付いた。不意に独眼竜の手が髪に触れ、私の肩が跳ねる。「な、何するの…!」
驚いて振り返ると、独眼竜は私の髪を一束軽く掴んでにやりと笑っていた。
「これで揃えたつもりか?」
「…」
確かに、私の髪は独眼竜が掴んでいる一束だけ長い。攫われた時に髪を切られて、そのままにしていた。本当なら切って貰うけれど、あまり屋敷の人と関わりたくなかったから自分でなんとかしようとした。…したのだけれど、自分で一度鋏を入れた時におかしくなってしまい、これ以上被害を大きくしてはいけないと思い、そのままにしていた。
「俺が切ってやるよ」
「…いい」
「そのままで人前に出る気か?」
「…」
この髪型で色んな人にあったから今からやったって手遅れよ。だけど一向に独眼竜が私の髪を離す様子はなかった。
「じゃあ…お願いします、」
諦めたようにそう言うと、独眼竜は「いい子だ」なんて笑って頭を撫でてきた。そんな独眼竜を私は睨みつけた。