ひりひりとした痛みを頬に感じながらも、自室まで走る。
自室までたどり着くとすぐ誰も入って来ないように障子を閉め、その場に座り込む。部屋の片付けをしていた椛は終わったのかもう部屋にはいなくて少しだけ安心した。
「…私、」
聞いてしまった、知ってしまった。
私は父上の娘でなかったことを。
(卿は甲斐の虎の血を引いてはいない、まがい物だ)
頭の中に気を失う寸前に聞いた松永の言葉が反響する。響く度に私の目から涙がぽたぽたと畳に落ちる。
なんとなく感づいてはいた。幼い頃から私は自分の髪色に違和感を抱いていた。栗皮色の長い髪。だけど周りをいくら見回しても、私と同じ髪色をした人はいない。父上も、亡くなられた母上も漆黒の髪だった。だからもしかしたら私は、なんて考えたことがあった。
そんな風に考えていたのに、
(お主は儂の娘ではない)
今度は先程の父上の言葉が響く。
父上が私にそう告げただけでこんなに悲しくなるなんて。
武田の血を引いていないのに、自分は父上の娘で武田の姫だって。他人にそういう風に振る舞っていた自分が、馬鹿みたいに思えた。
(それは皆姫様の為を思って…)
今度は幸村の言葉。私は屋敷の、武田のみんなに騙されていた。きっと佐助にも椛にも。みんな知ってたのね。
何も知らずに武田の姫として振る舞っていた私は、どれだけ滑稽に見えたのかしら。
「…っ」
急に、ひとりになってしまったような気がした。
悲しくて寂しくて、気付けば私は嗚咽をもらしながら泣いていた。
泣いて少しだけ落ち着いて、私は鏡台の前に座った。鏡に映った自分は、目が赤く腫れている。髪の毛はあの時誰かに切られたままだ。ばらばらに切られた髪の長さよりもその色の方に目がいった。
たくさんの人に綺麗だと言われたこの髪色も、今日は嫌で仕方がない。
再び溢れそうになる涙を堪えて、鏡台の引き出しに手を伸ばす。
不安な時は宝物を。こんな髪じゃあ挿せないけれど。それでも持ってるだけでいいの。
ゆっくりと引き出しを開ける。
「…あ、れ?」
宝物の簪が見当たらない。他の簪や髪飾りはちゃんとあるのに。
鏡台の引き出しを全部探しても、私の宝物は見つからなかった。