「十六夜」

私を呼ぶ声がしてうっすらと目を開ける。そこにいたのは弁丸兄様。

「兄様…?」

兄様と目が合うと兄様は困ったようにわらった。

「すまぬ、十六夜。起こしてしまったな。まだ夜だ、ゆっくりと休め。」

頭を撫でられ、眠気が襲う。私は頷いて目を閉じた。心の中でおやすみなさい、と呟きながら。

なんだか幸せな夢。そんな風に思って私は夢の中で深い眠りへと落ちた。




「…ん」

「!ひ、め…!」

心地好い夢の中から現実へと戻され、私の瞼が開く。目線の先には見慣れた私の部屋の天井が広がっている。少し目線を横にずらすと、泣きそうな顔をした幸村の姿があった。あれ、どうして幸村がここに?

「幸村…?」

「姫様…っ」

うるうると、瞳に涙を溜めてこちらを見る幸村に困惑する。
ただ寝ていただけ…、そうだ、私、松永という方に…。

「幸村、」

「はっ」

「楯無鎧は、無事?」

私の質問に幸村は驚いた様な顔をしたけれど、すぐ元の顔に戻って静かに頷いた。よかった、私が捕まったばかりに大事な家宝を失うなんてことにならないで。

そう考えているうちに、今までに起こった事を少しずつ思い出してきた。屋敷で忍に襲われて、意識をなくし、攫われて…。

とりあえず、上体を起こそうとすると幸村が慌てて私の背を支えた。少し驚いたけれど幸村にお礼を言うと幸村はいつもより落ち着いた声で「いえ、」と返事をした。

上体を起こし終えると背中から幸村の手が離れた。その瞬間、幸村は頭を畳に押し付けた。突然の幸村の行動に戸惑う。

「ゆ、幸村…?」

「も、申し訳ありませぬ!あの時このような思いはさせぬと誓い申したにも関わらず、姫様をお護りできず…!そして、姫様の意識が虚ろであったのをいいことに気安くな、名前をお呼びしたことを…!お許しくだされ、姫様…!」

「…え?」

必死に頭を畳に押し付け、謝る幸村の言葉に驚く。松永に攫われたことは別に誰かのせいではない。私が用心していなかっただけ。幸村が謝ることじゃない。それよりも、幸村が私の名前を呼んだという事の方が私にとって重要な事だった。

(夢じゃなかったのね…)弁丸兄様が出てきた夢は夢じゃなく、実際に起こった事。幸村が、私の名前を呼んだの。私の知らないうちに。

「幸村が謝る事じゃないわ。気にしないで。」

ちゃんとそれを聞けなかった事を残念に思いながらも、幸村に笑いかける。しかし幸村は頭を畳に付けたまま。

「…幸村」

「っ…!」

幸村の顔を両手で挟み込み、無理矢理顔を上げさせる。少し顔を近付けると、幸村の顔はみるみるうちに赤くなった。

「気にしないでってば、幸村」

「は、はい…!」

少しむくれたように幸村に言えば、幸村は真っ赤な顔を縦に何度も振る。かわいそうになったので両手を離してあげると幸村は、私からぱっ、と離れた。

「そ、某お館様へご報告を…!」

真っ赤な顔を隠すようさっと立ち上がり背を向けた。
お館様、父上を指すその言葉に胸がざわつき、とある事を思い出す。

「そ、それでは、失礼致しまする…!」

「あ…!」

足早に私の部屋を去ろうとした幸村の装束を私は咄嗟に掴んでしまった。


「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -