己の使命を忘れ、守りを疎かにしたばかりに大切な姫様が松永に攫われてしまった。お館様にやはり自分も小十郎のところへ行くと言ったけれど、お館様はそれを許してくださらなかった。「今自分に任された事をせよ」とおっしゃった。
その言葉に、不満はあったけれど私はそれに従った。真田殿と猿飛殿が小十郎を追いかけて屋敷を出た後、私は水を変えた桶と手ぬぐいを抱え、梵が眠る部屋へと戻った。

襖の隙間に月明かりが入り、眠る梵の顔を照らしていた。梵が起きないようにそっと部屋に入り側に座る。
膝に置いた桶を横におろし、眠る梵を見つめる。

「…」

起こさぬようにそっと、眠る梵の髪に手を伸ばした。

「なにやってんだ、アンタ」

「っ!」

触れる直前、眠っていたはずの梵に手を掴まれた。私の手を掴んだまま梵が起き上がる。

「お、お休みではなかったのですか…?」

「さっき起きた。少し前まで武田のオッサンと話してた。」

「…そ、そうでございましたか…」

じいっと梵が私の顔を見つめた。私は慌てて顔を逸らす。

「おい、アンタ椛だろ?」

「…」

「こっち向け」

ぐいっと腕を引かれ強制的に向かい合う形になる。

目にうつる、同じ色の髪と瞳。

「な、ぜ…?」

「武田のオッサンから聞いた。…生きてたんだな」

少しだけ口元を緩め笑んだ梵は、掴んでいた私の腕を離した。私は少し梵から離れ、顔を背けた。

「小十郎には言いましたが、…私は帰りませぬ」

「わかってる、アンタには武田に大事な奴がいるんだろ?」

梵の言葉に黙って頷く。

「私は、私を助けてくださった姫様をこの命に代えてもお護りすると誓ったのです。それなのに私は…」

私は姫様を護る事が出来なかった。お館様の言葉を無視して姫様を助けに行く事だって出来たはずなのに私はここにいる。


「…小十郎や真田幸村が助けに行ってんだ。心配することはねぇよ。だからそんな顔すんな」

「…っ」

梵が手を伸ばし、私の頭を撫でた。頭に乗る暖かい手に、涙が出そうになる。
昔は確か反対に私が梵の頭を撫でていたはず。知らないうちに背も手の大きさも私を追い越した梵に、更に溢れそうになる涙を堪える。

「そう…ですね、伊達殿。ありがとうございます。」

振り返って精一杯微笑むと、何故か梵は不服そうな顔をしていた。

「…?伊達殿?」

「…梵でいい。アンタが伊達を捨ててもアンタは俺のsisterだろ?嫌ならこうやって誰もいない時だけでも良い」

甘えているのでしょうか、確かに幼い頃の梵は少々甘えん坊だった。懐かしくなって、自然と笑みがこぼれた。

「ふふ…、では誰もいない時だけそう呼ばせていただきますね、梵」

満足だったのか梵はふっと笑った。そしてすぐに大きな欠伸ひとつをした。

「もう寝る、」

梵は先程と変わって不機嫌そうに言い、横になる。

「お休みなさいまし…」

もう一度、早々に目を閉じた梵に微笑んで、私は部屋を後にした。

光が入らぬよう襖を閉め、月を見上げた。
きっと大丈夫。梵に言われたように。月に祈るように手を合わせ、攫われた十六夜様と伊達の兵達、小十郎や真田殿と猿飛殿の無事を願った。


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