強くなりたかった。

姫様を護れるくらいに強く、

そうなりたいが為に、自分から姫様と距離を置いた。

今思えば、それだけではなかったのかもしれない。あの事件で、俺は思い知った。姫様は武田の姫君で俺は家臣の息子だということを。俺は姫様の遊び相手として幼い頃より姫様の側にいた。嬉しかった、妹が出来たみたいで。兄妹のように育って、同じ目線で同じ世界を見て、同じ刻を過ごしてきた。俺と姫様は同じ存在なのだと思い込んでいた。

そんな自分を恥じて、俺は姫様と距離を置いた。
いつしか名前を呼ぶことも躊躇うようになり、姫様と呼ぶようになった。

躑躅ヶ崎へ行くのも控えるようになった。父上達のように強くなって姫様を護れるようになるまで、会わぬように。ひたすら鍛練を積み重ねて。

それから数年後、俺は元服を迎えた。幼名弁丸を捨て、真田幸村という名になった。武士となり、武器を取り戦へ行かねばならぬ歳になった。

これで姫様を護れる、やっと会いに行ける、俺は嬉しかった。元服の儀が終わった後、真っ先に姫様のもとへ向かった。姫様も、喜んでくださると思っていた。だが、俺がそこで見たのは佐助にしがみついて泣いている姫様だった。

「弁丸兄様が変わっちゃった…ふぇぇ…!」

姫様は俺の元服を喜んではくださらなかった。それどころか真田幸村としての俺を拒絶した。

それから屋敷の中で姫様に会っても、姫様は俺を避けるようになった。
どうしようもなく悲しかった。自分から距離を置いたのに、相手から距離を置かれるのはこんなにも悲しい。

昔のようにはなれなくていいから、姫様に近付きたいと思った。最初に距離を置いたのは自分の方、勝手すぎるのは重々承知。

しかし俺は全くと言っていいほど女子の喜ばせ方を知らなかった。どうすればいいのかわからずに佐助に頼った。俺がそんな話をしたら佐助はにやにやしながら「贈り物でもしてみたら?」と言った。

佐助に言われるがままに城下へ行き贈り物とやらを探した。贈り物などしたことのない俺は店を見て回っても、何を贈ればいいのかわからなかった。

しかし、何軒目かの店先に置かれていた簪が俺の目に入った。
桜の花の飾りが付いた綺麗な簪で、それを見たときにすぐ姫様を思い出した。頭の中の姫様はその簪を髪に挿して、微笑んでいた。簪は姫様によく似合っていた。

すぐさまそれを購入したものの、渡す勇気がなく佐助に頼んだ。佐助は呆れた顔をしていたが姫様に簪を渡してくれた。それから気が付いた。俺が直接姫様に渡さねば意味がなかったのだと。

何故かように容易い事が考えられなかった、出来なかったのだ!

また離れてしまう、と思い俺は焦っていた。しかし、その焦りはすぐに取り払われた。


埋まらぬ距離に頭を抱えていた時、姫様が俺に会いに来てくださったのだ。躑躅ヶ崎の屋敷の庭で鍛練をしていた時、後ろから姫様に声をかけられた。

その時確かに姫様はおっしゃったのだ、「幸村」と。

たどたどしくはあったが姫様の口は俺の名を紡いだ。次いで姫様は「簪ありがとう、大事にするから」と微笑んだ。
姫様は見抜いておられたのだ。簪を贈ったのは俺だということを。

嬉しかった、姫様が簪を喜んでくださった事が。そしてそれ以上に幸村と呼んでくださった事が嬉しかった。俺を武士として認めてくださったのだ!
少しだけ、姫様に近づけたと思った。その時俺は誓ったのだ。「某が姫様を護ります」と。


もう二度とあのような思いはさせない、武士として姫様をお護りすると、願いを込めて。


姫様の言葉と全く関係ない返事をした俺を見ながら姫様は困ったように笑った。





あの時姫様と自身に固く誓った事を、俺は守る事が出来なかった。連れ去られた姫様の事を考えるとゾッとして背筋が凍る。
出来るだけはやく、片倉殿のところへ、姫様も同じ場所に囚われているに違いない。
伊達の兵や姫様の無事を願いながら、俺は馬を走らせた。


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