「おやかたさばあああ!」

「ゆきむらあああ!」

お館様といつものように叫び合う。
先程、伊達の兵が松永久秀にさらわれた。武田の家宝と伊達の刀を要求され、片倉殿が単身さらわれた兵を助けに行った。
片倉殿の助太刀をするか迷っていた某をお館様は叱咤した後、楯無鎧を携え、片倉殿のもとへ行けと申された。
さすがはお館様、御心が広い!

「おやかたさばあああ!」

「ゆきむらあああ!」

「お館様!」

乱暴に障子を開ける音とお館様を呼ぶ声が聞こえた。音のした方をお館様と共に見遣ると、そこには走ってきたのか、肩を大きく動かし息をする椛殿の姿があった。

「おお、椛殿!ちょうどよかった!某も今から片倉殿のところへ向かいまする!椛殿の分も某が片倉殿のお役に…」

「それどころではございませぬ!」

「へっ?」

先程まで片倉殿の心配をしていたはずであったのに、椛殿の様子がおかしい。

「なにがあった、椛」

「十六夜様が…松永久秀に攫われました…!」

「…!」


姫様が、松永久秀に?


「私の代わりに十六夜様の世話をしていた女中が部屋の前で…これを」

そう言い椛殿は、文をお館様に、某に長い栗皮色の髪の毛と簪を手渡した。

「これは…」

間違いない、姫様の髪の毛。そしてこの桜の花の飾りが付いた簪は某が姫様に差し上げた物。

「十六夜ちゃんの髪の毛…!」

佐助の声に、簪をにぎりしめる。髪の毛がするりと手の平から床に落ちた。

「松永は伊達の兵だけでは我らの家宝を手に入れられぬと思ったのでしょうか…」

「…かもしれぬな…」

「よりによって十六夜ちゃんを…旦那!早く行こう…って、旦那!?」

誰の言葉も耳に入らず、気づけば俺は簪を握りしめたまま、外へと駆け出していた。


(また、また俺は姫様にあのような思いをさせてしまう…!)


頭の中に、あの日の記憶が蘇る。



まだ俺が元服する前、俺と姫様はほとんど一緒にいた。二人で躑躅が崎屋敷や野原を駆け回ったりして遊んでいた。
あの日も俺達は、護衛の者と一緒に屋敷近くの野原に行き、遊んでいた。

いつも通りの、何気ない日常。

だったはずなのに、それは一瞬にして非日常へと変わった。

「弁丸様!十六夜姫様!」


お逃げくだされ、お付きの兵の叫び声が聞こえ振り向いた。

刹那、俺の視界は赤に染まった。それが叫んだ兵の血だということを理解するのに、時間はかからなかった。
倒れた兵の後ろにいたのは、黒衣の忍。手に持つ忍刀にはべっとりと血が付いていた。

「ひ…め…べんまるさ…ま…」

俺たちに向かって手を伸ばす兵にもう一度忍刀が振り下ろされた。
再び赤が飛び散る。

「ひっ…!」

恐い。恐怖に身体を支配され、動けなくなる。

黒衣の忍は兵の背中の忍刀を抜いてこちらを見た。見ていたのは俺ではなく、姫様。


急に、忍の姿が目の前から消える。
それと同時に俺の横で風がおこる。横を見ると見えたのは姫様を抱える忍の姿。

「に、いさま…!」

「十六夜…っ!」

姫様は泣きながら必死に俺に手を伸ばした。
守らなければ、そう思い、恐怖で震える手を精一杯伸ばした。しかしその手は忍に払われる。

「十六夜をはなせ…っ!」

力を振り絞ってもう一度忍に向かう。今度は強い力で地面にたたき付けられた。

「ぐぁっ…!」

「兄様っ!にいさまぁっ!」

泣き叫ぶ姫様の声が頭に響いたが、俺は気を失ってしまった。

次に気が付いたのは躑躅が崎館の客間で、俺は父上やお匙に囲まれていた。

姫様は、武田と敵対する武家の忍に連れ去られたらしかった。幸い諸国を旅していてたまたま甲斐へ立ち寄った椛殿に助けられ、無事屋敷へと帰ってきた。

俺は悔しかった。俺は男、いずれは父上のように戦場へ赴く武士になるのに。女子一人護れぬ自分を情けなく思った。



あの日以来、俺は姫様と距離を置くようになった。

強くなりたかった。姫様を護れるように。もう二度とあのような思いをさせぬよう。

それなのに、また、俺は、

「旦那!」

ガシッ、と強く肩を掴まれ俺は強制的に立ち止まる。振り返ると佐助がいた。

「さ、すけ…」

「丸腰でどうするつもりだよ旦那!十六夜ちゃんが心配なのはわかるけどさ」

佐助の言葉に改めて自分を見る。佐助の言う通り俺はお館様より預けられた楯無鎧も武器も何一つ持ってはいなかった。

「っ佐助、俺はまた…!」

「落ち着け旦那、ほら槍!持ったら馬に乗りな!」

佐助に武器を手渡され、馬に乗せられた俺はもう一度ギュッと簪を握りしめて馬を走らせた。

隣を走る佐助が、あれも今度も旦那のせいじゃない、そう呟いたが、俺はどうしても己を許すことが出来なかった。


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