「伊達殿!」

兵の声に続いて真田殿の驚いた声が響いた。

「真田幸村、俺の馬は何処だ?」

独眼竜は真田殿に尋ね、小十郎達のいる方へ歩き出した。慌てて部屋を出て後を追う。

「人質に取られた連中を取り戻せばいいだけの話だろ?…俺が行って助け出す。その松永ってのはどこにいる」

「なりませぬ」

小十郎の険しい声に独眼竜は振り返ってにやりと笑った。

「伊達軍は誰ひとり欠けちゃならねぇ…You see?」

「行かせるわけには参りませぬ。」

小十郎は先程のように険しい声でそう言うと、己の刀に手をかけた。

「か…片倉様…?」

「…小十郎、俺に刀を向ける気か?」

「家臣は大事…。しかしながら一番の大事は政宗様の御身!」
独眼竜はふっ、と笑った。

「だったらついて来い!いつものように俺の背中を守れ」

独眼竜の言葉を無視し、小十郎は刀を抜いてかまえた。

「…!」

「何も恐れず、何時如何なる時もただ前だけを見て進んで頂く、…そしてその背中はこの小十郎がお守りする!そう誓っておりましたが…、今手負いの貴方様を出陣させることだけは、この命に代えても…!」

「…仕方ねぇな」

独眼竜は腰に携えた六つの刀からひとつ刀を抜き、小十郎と同じように構えた。「遠慮はしねぇぜ?小十郎!」








二人の刀がぶつかり合う度に火花が散り、金属音が響く。
小十郎は独眼竜の右側ばかりを狙って攻撃を仕掛ける。右目を眼帯で隠している独眼竜を攻めるには正しい攻め方。
小十郎が独眼竜の右側に回り込む度に私の顔に汗が伝う。
殺し合うわけじゃないのに不安になってしまう。どうすることも出来ぬ私達は、ただ二人の戦いを黙って見ていることしか出来ない。

小十郎の攻撃を避けた独眼竜がよろめく。長篠で負った傷が痛み片手で脇腹を抑える。

それを逃さず小十郎は独眼竜の懐に飛び込んだ。

がきん、甲冑に何かが当たった音がした。

「がはっ…」

刀の柄で独眼竜の腹を打った。独眼竜は痛みを堪えながら小十郎を睨む。

「…小十郎てめぇ…!」


刀の峯が独眼竜の肩へと振り下ろされた。

「がっ…」

独眼竜はその場に倒れ込み、小十郎は背を向けた。
目の前の光景に私は耐え切れず独眼竜のもとへ走り寄る。

「…っ梵!」

「筆頭…!」

私の後に伊達軍の兵が続き、小十郎に訴えかける。
「片倉様卑怯です!怪我なさってる筆頭を…!なんで…!」突然、小十郎が振り向いた。振り向いた小十郎の目は先程よりも鋭い。その瞳で独眼竜を見つめていた。
ゆっくりと刀を鞘に収め、その場に座り込んだ。

「…承知いたしました政宗様。あの者達は、小十郎が必ず取り戻します」

「…こ、十郎…」

先程までとはまた違う、真剣な声。私も他の方達も固まってしまう。小十郎は独眼竜の腰に携えられた六爪を取り外し、抱えてゆっくりと立ち上がった。

「…しばし、拝借いたします」
独眼竜に向かい頭を下げた後、小十郎は背を向け歩き始めた。真田殿と猿飛殿の間を通り、その場を去ろうとする。

「結局、自分で行っちゃうわけね」

猿飛殿のため息交じりの言葉に、私はハッとして立ち上がる。

「お待ちになって!」

衝動的に出た私の声に小十郎は立ち止まり振り返った。

「…私も、共に参ります」

「…!」

ゆっくりと、小十郎のもとへ歩いていく。私の言葉に驚いたのか小十郎も真田殿も猿飛殿も兵士の方も固まってこちらを見ていた。

「椛様…」

「私も、貴方と共に行きます」

強い意思をこめて小十郎の目を見つめると、小十郎は最初は困惑した表情だったけれど、ふっ、と微笑んだ。「…椛様、政宗様のお傍にいてあげてください」

「え…?」

てっきり共に行くことを許してくれるのだと思っていた。しかし小十郎の口から出たのは、独眼竜の傍にいてあげて欲しいというお願いだった。

「貴女は政宗様にとってたった一人の姉上様、せめて今は政宗様のお傍に…」

それが小十郎の願いです、頭を下げながら言う小十郎に私は何も言えなくなってしまった。
小十郎は頭をあげてもう一度だけ微笑むと、踵を返し、その場を去って行った。待って、と言えるのに、その腕を掴めるのに、私はなにも出来ず。去っていく小十郎の背中を見つめることしか出来なかった。










何人かに手伝ってもらいながら、独眼竜を再び床に寝かせる。先程抑えていた腹に巻かれた包帯には少し血が滲んでいたので、包帯を変えた。

「…小十郎、」

一人で大丈夫だろうか。独眼竜を見つめながらそんなことを考える。彼は強い、大丈夫。そう考えようとしてもやはり心配になってしまう。

「…大丈夫、」

自分にそう言い聞かせ、桶の水を変えようと立ち上がろうとしたその時、「椛殿、椛殿っ!」

バタバタと廊下をかける音と女中の焦る声が聞こえた。段々とこちらに近付いてくる。私は廊下に出てそれをさがす。すぐに声の主はわかり、その主がこちらへと駆け寄ってきた。「…どうしたのですか、そんなに大声で。客人が眠っておられるのですよ?」

「も、申し訳ありませんっ…椛殿っ…!」

息を切らしやってきたのは、私の代わりに十六夜様の世話をしていた女中。目には涙を溜めている。

「椛殿っ…姫様が、姫様がっ!」

「落ち着いてくださいまし、十六夜様がどうなさったのです?」

「こ、これっ…!」

目からぽろぽろと涙を零しながら女中が差し出したのは、長い栗皮色の髪と見覚えのある桜の花飾りが付いた簪。もう一方の手には文らしき紙が握られている。

「これは…!」

「姫様の、お部屋の前に…っ、」

「その文を貸してください!」

半ば強引に女中の手から文を取り上げ、開く。そこには先程聞いた内容と名前が同じように記されていた。違うのは伊達の兵ではなく、十六夜様の名前が記されているということだけ。

「…松永久秀…っ、伊達の兵達だけでなく十六夜様まで…!」

「椛殿、申し訳ありませんっ…わ、私、姫様のお世話を任されていたのにっ…このようなことに…!」
自分を責め、泣いている女中に微笑む。

「…貴女のせいではありませんわ。泣かないで。」

悪いのは、姫付きである私。十六夜様をお護りするのが私の役目なのに。

「とにかく…このことはまだ、他の者には言わぬよう。私はお館様に知らせて参ります。いいですね?」

泣きながら頷く女中から髪の毛と簪を受け取り、私はお館様のもとへと急いだ。

伊達のことに気を取られ、本来の使命を忘れた自分を悔やみながら。



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