幸村の言葉が嬉しくて、泣きそうになった。涙を堪えようとして、手に力を込め、幸村に笑顔を見せる。
握った幸村の手は暖かかった。私はこの暖かさを知ってる。
…幼い頃、いつも側に感じていたぬくもり。優しい兄様のぬくもり。
数年ぶりに触れた幸村の手はあの頃と比べて大きくてごつごつしていたけど、暖かさはちっとも変わっていなかった。
もうこんなふうに手を握る事なんてないのだと思っていたから、嬉しくなって目線を手へと落として微笑んだ。
「あっ、あの、姫様っ…」
幸村の声に顔を上げると、そこには自分の装束と同じくらい真っ赤になった幸村の顔があった。
「…?どうしたの?」
「そっ、そろそろお手を…っ」
「手?」
離して欲しい、真っ赤な顔でそう訴える幸村に苦笑いしながら手を離す。
「ごめんなさい、幸村」
「いっ、いえ!謝らないでくだされ…!」
どうやら幸村の中では手を繋ぐ事さえ、破廉恥な行為らしい。少し情けない気がする。幸村は男の方だからいつかは妻を娶る事になるのに、女の方と手もろくに繋げないなんて。…私が心配するような事じゃないけど。
「…」
心中で考えたことによって、私はあることを思い出した。
「ねぇ、幸村。ひとつだけ聞いてもいい?」
「?はい、構いませぬが」
手を離して顔から徐々に赤みが引いた幸村は不思議そうな顔をしてこちらを見た。
「前に夜、かすがさんがいらっしゃったことがあるじゃない?その時…祝言の話をしてたでしょう?」
「はい、確かに祝言の話をしておりましたが…それが如何なされたのです?」
「その…し、祝言って…かすがさんと、幸村が挙げるの…?」
「は…?」
自分が聞いた事にいまさら恥ずかしくなって顔が熱くなる。幸村を見上げると幸村はきょとん、と私を見つめていた。
だけどその質問の意味を理解したのか、さっきみたいに顔がどんどん赤くなった。
「ごごご誤解にござります、姫様!あれはかすが殿と某ではなく…、かすが殿と佐助のことでござるっ!そそ某などよ、嫁を貰うにはまだまだ未熟者である故…!」
「そう、なの?」
「無論!某、姫様に嘘は吐きませぬ!例えどのようなことがあろうと絶対に嘘は申しませぬ!もし客用の団子が消えてしまって、それが仮に某の仕業だったとしたら、姫様が某に団子の在り方を尋ねたとしても知らないなどとは申さず正直に団子を差」
「わかったから!落ち着いて幸村。」
途中からよくわからない事を口にしはじめた幸村を制す。
「と、にかく…!某は姫様に嘘を吐くようなことはいたしませぬ!」
拳をギュッと握り、必死に訴えかける幸村に頷いて微笑んだ。
「うん、知ってる。ごめんね、幸村。変な勘違いしちゃって。」
「いえ、某の方こそ申し訳ありま」
「もう…、幸村が謝ることじゃないでしょう?」
何故か謝ろうとする幸村の言葉を遮ると、幸村は困ったように眉をさげた。
「しかし…」
「しかし、じゃないわ。これは私が勝手に勘違いしちゃっただけなの。謝るのは私の方。」
ね?って幸村に笑いかけてみたけど相変わらず不服そうな顔をしていた。またなにか私が言い返すと思ったのか、何も言わなかったけど。
「はい、反論がないみたいだからこれでおしまいね。」
「…」
にこりともう一度幸村に微笑んでみたら、幸村は観念したように眉をさげたまま笑った。
その表情に私の心臓がドキリと鳴った。いつも見ていた幸村の顔なのに。いつも私に見せてくれる困ったような笑顔なのに。どうして?
さっきも。幸村が、かすがさんと祝言を挙げるのではないとわかったとき、私は不思議な安堵を感じた。幸村が誰かを娶る事なんて当たり前なのに、まだ娶らないと聞いたとき嬉しかったのはどうして?
答えは、
「姫様?」
「え、あ、ううん!なんでもないよ。」
様子がおかしい私に幸村が心配そうに声をかけた。幸村の声に私はぶんぶんと首を横にふる。
「わ、私みんなの手伝いしにいくわ!」
上擦った声で幸村にそう告げる。とにかくそこから離れよう、そう思って咄嗟に出た言葉。
「なりませぬ姫様!姫様はお疲れにございましょう!どうかお休みに…」
さっきよりも心配そうな声色で私を止めようとする幸村。私はそれに首を振る。
「動いてないと、不安なの。」
いろんな意味で。勿論今回の戦の事もあるけど。
「姫様…ですがどうか今宵だけはお休みになってくだされ…」
心配そうな顔から、一瞬にして真剣な顔つきになる幸村。不覚にも私はその顔にドキッとしてしまった。
「…わかった、手伝うのは明日からにするわ。」
「そうしてくだされ。」
ホッとした幸村はにこりと笑った。私も同じように笑う。
「じゃあ、私今日は休むね。来てくれてありがとう幸村。」
「いえ。姫様の為ならば某、このくらいのことなら朝飯前にござりまする!」
いつもみたいに元気よく言う幸村にいつもみたいに笑う。
「ふふふ、幸村ったら。…じゃあ、おやすみなさい」
「はっ。では失礼いたしまする」
深々と頭をさげた後、廊下を引き返す幸村の背中に小さく手を振った。
幸村が角を曲がって見えなくなると、私は自室に入って障子を閉めた。
瞬間、顔がものすごく熱くなり私は顔を両手で押さえてしゃがみ込んだ。
暗くてわからないけど、多分鏡をみたら顔、真っ赤なんだろうな。
「私、変だわ…」
私どうして顔真っ赤なの。どうしてあんなにドキドキしたの。
今まで幸村の顔を見たってなんともなかったのに。こんなふうに苦しくならなかったのに。「こんなので休めるわけないじゃない…!」
顔の熱が冷めない、心臓の脈打つはやさはずっとはやいまま。私は、必死に頭の中を整理して落ち着こうとした。
だけど考えれば考えるほど冷静にはなれなかった。
(私は、もしかして、幸村が好きなの?)
(だけど、私の大切な人は、)