椛殿に頼まれ、某は姫様の部屋へと向かった。
姫様は、今度の戦に出陣なされた、某の知らぬうちに。何故姫様は戦などに出ようと思ったのだろうか。考えてみてもわからなかった。

「…姫様、幸村にございまする。」

部屋の障子の前に座り、声を掛けてみる。しかし返事は返ってこない。
(眠っておられるのだろうか…)

今まで一度も戦に行ったことがないのだ、姫様は。お疲れになって当然だ。
(それに…、よく考えてみたら、こんな夜遅くに女子の部屋を訪れるなど…破廉恥極まりないではないか!)

きっと姫様もお休みになっている、姫様に会うのは明日にしよう。そう思い、歩き出そうとしたとき、

「幸村…?」

障子が引かれて、姫様が顔を出した。髪にはきらきらとした簪が挿されている。

「すっすみませぬ、姫様!お休みになられていたところを…!」

普段の格好をしていたのでお休みになられていたのではないのだが、某は急いで姫様に頭を下げた。だがすぐに姫様のお優しい声が聞こえた。

「気にしないで、眠れなかったから。…幸村、もしよかったら少し話し相手になってくれないかしら?」

ゆっくりと頭を上げると、姫様は困ったように笑っていた。それはどこか寂しげで、不安げな顔だった。

「…某でよろしいのであれば、」

「ありがとう」

破廉恥だ、と心中で思いながらも、庭の方を見て座る姫様の隣りに座った。

「…幸村、ごめんね」

「えっ」

「勝手に屋敷を抜け出して、付いて来ちゃって。」

「…」

姫様は膝を抱え、ぽつぽつと話し始めた。

「私、屋敷でみんなの帰りを待つのが一番きらいなの。寂しくて、怖くて、辛くて、悲しくて。父上や幸村達が怪我していたらどうしようって、待ってるだけなのは…すごくこわいの。ずっと思ってた。待つくらいなら私も側で戦いたいって。」

でもね、と言った姫様は抱えていた足を地に降ろし、空を見上げた。

「その考えは間違ってたみたい。待つのと同じくらい、戦は怖かった。みんな抱えている恐怖は同じなのね。それに…私はずっと囲いの中で守られて育った。そんな私が数年武術を習ったところで、みんなと同じように戦うなんてできるわけなかった。」「姫様…」

「今度の事でそれがよくわかった。…もう心配かけないから。二度と屋敷を抜け出そうなんて思わないから。だから安心して。…ね?」

こちらを向いて某に微笑んだ姫様は、少しだけ寂しそうに見えた。

「…姫様」

「なあに?」

「もう少し…、もう少しだけ我慢してくだされ。さすればこの幸村、必ずや魔王を打ち倒してみせまする!…その後、某と共に城下へ参りましょうぞ!」

無意識のうちに立ち上がり、そう言っていた。姫様は驚いたように目を丸くし、某を見上げている。

「…本当に?」

一呼吸、いや、二呼吸ほど間が開いて、姫様が聞いた。

「勿論でござる!」

「本当に本当?」

「本当でござる!お館様の許しも某が必ずや取ってみせまする!」

「…!」

嬉しそうな顔をして、姫様が立ち上がった。

「私っ、私ね、幸村が前に話してくれた甘味屋に行ってみたいの…!」

「某が必ず姫様をお連れいたす、…約束いたしまする!」

と言って、いつものくせで小指を差し出した。
はっ、とした時にはもう遅く、姫様は悲しそうに小指を見つめていた。

「も、申し訳ありませぬ…」

そう言い、小指を引っ込めようとすると、「待って、」と姫様の声が聞こえた。その直後、温かいものが差し出した手に触れた。

「…!」

姫様が両手で某の手を優しく包み込むように握っていた。それを理解した途端にどんどん顔が熱くなり、心臓が騒ぎだした。

「ゆびきりは、まだ嫌いだけど…」

ギュッと、手に少し力が込められ、更に顔の温度が上がっていく。

「…ちゃんと好きになるから。だから今はこれで許して…?」


いや、これは、ゆびきりよりも触れ合う部分が多い。考えてみれば、これは破廉恥なことではないのか!
そう思ったものの不安げに某を見つめる姫様には言えず、某は強く何度も頷いた。

「ありがとう、幸村」

姫様は優しく笑った。それと同時に挿された簪が揺れた。その美しい姿に、某の心臓は先程よりもはやく脈を打つ。

「じゃあ、約束だからね!」

もう一度、今度は幼子のように無邪気に姫様は笑った。昔は姫様はこのように笑っておられた。懐かしい感じがして、自然と口元が緩んだ。

「必ず、必ずや果たしてみせまする!」

力強く返事をして笑うと、姫様は嬉しそうに頷いた。


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