爆風がおさまり、地が姿を現した。だけどそこには幸村の姿も、本多忠勝の姿もなかった。私の頭の中は益々色を失っていく。

「十六夜ちゃん、」

怖くて佐助にギュッとしがみつく。私の体は情けないくらいに震えていた。そんな私を佐助は抱きしめた。まるで幼子をあやす母親のように。

不意に、佐助の手の力が弱まった。不安になって佐助を見上げると、佐助は遠くを指差した。


「十六夜ちゃん、見て。旦那は無事だから」
「え…?」

佐助の言葉に驚いて振り向くと、先程の場所から少し離れたところに紅が、幸村がしゃがみこんでいた。

「…!幸村…」

ゆっくりと立ち上がった幸村を見ると、そこまで酷い怪我は負っていないみたい。

「十六夜ちゃん、降りるから掴まっててね」

佐助の言葉に頷き、ギュッと抱き付く。
佐助は吹いてきた風に乗って、地上へと下降して行った。その途中、佐助は小声で私に言った。

「十六夜ちゃん、戦場って怖いでしょ」

「…うん」

「来ちゃいけないって、わかった?」

「…うん、」「そう、いい子だね。戦場はいつも死と隣り合わせの場所でみんな命掛けで戦ってるんだ。…誰も十六夜ちゃんが命掛けで戦う事を望んじゃいない。旦那みたいな事しちゃ駄目だからね。」

「…」

真剣な声色でそう言った佐助は、私を抱えたまま地に飛び降りた。


「ひ…更夜殿!ご無事でございますか?!」

地面に降ろされると、椛が心配そうに駆け寄ってきた。椛の腕には先程馬から落ちた時に出来たであろう擦り傷があった。私は黙って頷く。

「それはようございました…。猿飛殿、更夜殿をお助け頂いてありがとうございます…」
椛が頭を下げる、佐助は「顔上げなって」と言って困ったように笑っていた。

目線を違う場所へと移す。空は既に茜色に染まっていた。
すぐそこに父上や徳川家康がいて、家康は地面に膝を付いて泣いていた。


「お館様!」

声と共に幸村が向こうから走ってきた。幸村の後ろの地面には先程の爆発で出来たであろう大きな窪地が出来上がっている。

「無事であったか」

父上が幸村の方に振り返った。

「はっ、本多殿が、奇襲より某を遠ざけ、お助けくださり申した。」

あれだけの爆風だったにもかかわらず元気そうな幸村を見て私はホッとした。

「お館様…何故織田は同盟を結んでいるはずの徳川を我ら諸共…」

父上にそう聞いた幸村の顔は段々悲しそうな顔になっていった。

「元より、本多忠勝の強さを警戒しての同盟であったのだろう。強固の連合軍たり得る浅井と朝倉を予め裂いて利用せんとしたように。いずれ徳川も欺かれておったはず…」

「なんと卑劣な…!」

「全ての責めはこの儂に…魔王にくみし、他力本願でこの戦に勝とうとしたこの儂にある…!」

家康の拳が地面に振り下ろされた。家康を見る父上達の顔は悲しそうだった。

「忠勝…それでも儂はお前と共に天下を…!」

「忠勝…!」と呟きながら家康は体を震わせて泣く。家康にとって、本多忠勝という存在はとても大きいみたい。それはきっと、私が父上や幸村達を思う気持ちと同じもの。きっと私も同じように泣いてしまうわ。私はギュッと拳を握った。

「お主には忠勝だけではなく、強い忠勝一人に頼らぬ忠義の兵達がおる。」


父上の声に家康は顔を上げた。父上は家康に歩み寄り、目の前にしゃがみ込んだ。

「交わした盟約を最後まで守り、引くこと無き三河武士の心意気、この信玄しかと見た。」

父上の目をまっすぐに見つめながら家康は口を開いた。

「信玄公!忠勝と多くの兵を失った儂だが、これからは魔王を倒す為共に戦わせてもらいたい!」

家康の言葉に父上が力強く頷いた。

「うむ!…幸村、出来得る限り手負いの者達を甲斐へ運ぶのじゃ。家名を問わず手を差し延べよ。」

「はっ!」

「…それから、椛」

「はい」

父上が振り返って椛を呼んだ。

「お主の後ろにおる更夜…いや、十六夜を連れて一足先に甲斐へ戻れ」

「!」

その場にいる父上以外の者達全員が固まる。

父上は、私がやることなどお見通しだった。

「…儂が娘と兵の区別が付かぬほど愚かだと思うておったのか、十六夜よ」

「…」

「更夜殿が、ひ、姫様…!?」

椛と佐助はしまった、と言うような顔をしていた。父上の横で他の人の倍驚いている幸村は私と父上を交互に見て目をぱちぱちさせている。
父上の言葉に観念して、被っていた笠を外した。結っていた髪が肩に垂れた。

「…申し訳ありません、父上…」

「ひひひひめさ…!」

「旦那、落ち着いて」

言葉にならないほど驚いている幸村を佐助が落ち着かせる。

「椛、行け」

「…はい、姫様こちらへ」

父上が椛に命令して、私は椛に手を引かれ用意された馬に乗った。前に乗る椛にさっきみたいにしっかりとつかまる。

「…では、甲斐で準備を整えておきますので」

椛は父上に頭を下げると、勢いよく馬を走らせた。私は父上達を見ないように、椛の背中に顔を埋めた。

「…十六夜様?」

「…椛、ごめんなさい…」

私は知らなかった、こんなに戦場が怖い所なんて。こんなに自分が弱いなんて。

椛の装束を掴む力が強くなって、目から涙が止めどなく溢れてきて、椛の背を濡らしていった。

「十六夜様…謝らないでくださいませ…」

耳に、椛の優しい声が届いてまた涙が溢れだした。


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