武田が逃げる徳川を追いかける。私は馬から振り落とされないよう、しっかりと椛に掴まる。徳川家康は一人でも多くの兵を逃がそうとしていた。
私達のはるか後ろでは、幸村と徳川の殿(しんがり)となった本多忠勝が戦っている。
振り向いたら駄目、必死に自分にそう言聞かせ、目の前の徳川軍を見つめる。
やがて武田が徳川を包囲した。

「たとえ逃げおおせても詮無きこと、儂はお前らを失いたくねぇ…!徳川の家を守らなきゃならねぇ!」

徳川家康がそう叫んだ直後、聞き慣れない女の人の声がした。

「降伏して武田と上杉に付くつもり、竹千代?」

声がした崖を見上げると、黒地の着物に身を包んだ女の方が馬に乗っていた。

「濃姫様!」

「残念だわ、加勢に来たのに」

徳川家康に濃姫と呼ばれたその方は、妖しく微笑むと武器を構えた。
父上の話や絵巻でしか見た事はなかったけど、それが銃だということはすぐにわかった。

その刹那、銃声が聞こえた。濃姫が徳川家康に向けて放った音だった。しかしその銃弾は家康に当たる事はなかった。寸前のところで父上が自分の斧で銃弾を弾き家康を守ったから。

「魔王の嫁!人の魂を売りその手を蹂躙の血に染めるか…!」

父上が濃姫を睨み付けると濃姫は馬に乗ったまま急な崖を駆け下りた。

その光景に手綱を握る椛の手に力が入ったのがわかった。

濃姫はそのまま一気に駆けると、馬の背を蹴り、大きく飛び上がり、銃口をこちらに向ける。

直後、無数の銃声が聞こえた。濃姫が銃を乱射していて、あちこちに銃弾が飛んで行く。武田や上杉、そして味方であるはずの徳川の兵までも銃弾に倒れてゆく。
椛は手綱を引いて銃弾を上手く避ける。しかし、
馬が悲鳴を上げ、その場に崩れ落ちた。
銃弾のひとつが私達の乗っている馬の足に当たってしまったらしい。
いきなり倒れた馬から私達は振り落とされる。

「きゃあっ!」


強い力で地面に叩き付けられ、一瞬痛みで動けなくなる。甲冑を付けていたから、怪我はしなかったけど。
ここにいては駄目だと、私の中の誰かが叫ぶ。無意識に痛みが走る体を起こすとそこには濃姫が立っていた。

「あら…」

妖しく微笑むその顔に、私の体は硬直する。
「お逃げくださいませ十六夜様!」

椛の叫び声が遠くで聞こえた気がした。

私を見下ろす濃姫の瞳は、まるで蛇のようで、冷たかった。

「甲斐の姫…哀れな娘」

そう私に向かって言った濃姫は、先程とは形の違う銃をどこからか取り出した。

「…大人しく逝きなさい」

濃姫が引き金を引いた瞬間、私の体がふわりと浮き上がった。
見上げるとそこには佐助の顔と大きな凧が。
「さ…すけ…」

「間に合った…怪我はない?」

問い掛けに頷くと、佐助はホッとしたように笑った。
未だ鳴り止まぬ銃声が気になって地を見下ろして、その光景に私は目を疑う。
無数の銃弾が飛び交い、倒れ行く兵達。
私は怖くなって目をそらした。

「十六夜ちゃん、」

「…さす…けっ…」

体が震える、上手く息が出来ない。怖い。

ギュッと佐助の装束を掴むと、佐助は私の頭を撫でた。それだけで涙が出そうになった。だけど、そうなる事はなかった。その刹那、先程とは比べ物にならない大きな、銃声と言うよりは爆発音に近い、そんな音が聞こえた。驚いて、その音がした方を見ると、炎と土煙に包まれていた。

そしてその場所は、間違ない、幸村と本多忠勝が戦っていた場所。まさか…。

「幸…村っ…?」

頭の中が真っ白になった。


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