「十六夜様!何故かような場所にいらっしゃるのです!」

辺りの金属音にかき消されそうな椛の声がハッキリと耳に入ってくる。

椛が驚いているのは当たり前…ね。屋敷にいるはずの私がここにいるんだから。

「十六夜様…!」

怒ったような声で私を呼ぶ。椛が怒るのも無理はないわ。

「わた…」

「更夜!」

私の言葉を遮って、声と共に佐助が武器を持って現われた。

「更夜大丈夫か?!」

「更夜…?猿飛殿?」

「げ…椛…」

佐助はしまった、というような顔をした。その顔を見て、椛の顔色がさらに怒を含んだ色になった。

「猿飛殿…貴方知ってて…!」

「椛、今はそんなことより更夜…姫を安全な場所に連れて行くほうが先じゃない?」

「この状況では無理でしょう…!」

はぁ、と椛はため息を付いた。確かに、私達は徳川の兵に囲まれていた。「じゃあどーすんの。」

「姫を守るしかないでしょう?」

そう椛が言った後、椛と佐助は私を庇うように立った。二人は襲いかかる徳川の兵を容赦なく斬り捨てた。椛の刀には血がべっとりと付いている。同じように佐助の大きな手裏剣にも。地面に横たわる死体を見て、私は吐きそうになる。足はがたがたと震えて、槍で支えて立つのがやっと。幾ら訓練をしてきても、私は相手の兵にかすり傷ひとつ付けることが出来ない。なんて情けないの。

ふと、辺りを見回すとすぐ近くに幸村がいた。幸村の目線の先には横たわる死体を前に泣いている徳川の兵。幸村の顔は悲しそうだった。
徳川の兵は立ち上がり、涙を流しながら刃を幸村に向けた。

「家康様の御為…!」

サッと、銀色の塊が私を横切る。その瞬間、幸村に刃を向けた兵が崩れるように地面に倒れこんだ。その背には佐助の大きな手裏剣が突き刺さっていた。

「今更どうしたの旦那!初陣でもあるまいし、家康とあって闘心が鈍ったのかい?」

死体に近付いた佐助が手裏剣を引き抜いて、幸村に問う。幸村はすぐさま返事をした。

「そ、そんなことはない!」

「それが人を斬る痛みじゃ!」

父上の声がすると、佐助はサッと私の側に寄り、顔が隠れるように笠を上から押さえ付けた。そのすぐ後に、父上が軍配を模した斧を携え現われた。

「お館様!」

「敵も我等と同じ。大事に思い思われるものがおり、胸に抱く明日がある!織田一統にはそれがない!」

父上が勢いよく斧を振るうと同時に竜巻のようなものが生まれ、辺りの兵を飲み込んだ。生じる風で笠がとばされぬよう、後から来た椛が押さえてくれた。

「幸村よ、相手もまた人であるということ、そのことを忘れず槍を振るうのじゃ。」

「はっ!」

幸村の目が真剣な目に変わる。幸村だけでなく椛と佐助の目も。相手は人、互いに守るべきものがある。ここにいる兵は皆、覚悟や思いを抱いてここに立っている。…生半可な気持ちじゃなくて。私だって、中途半端な気持ちでここにいるんじゃない。
ぽん、と頭を笠の上から撫でられた。それが佐助だということはすぐにわかったけど、いつの間にか佐助は私の側を離れ父上の横にいた。

「お館様。織田は朝倉を攻めずに、こちらに兵を向けたようです。」

佐助の言葉に、父上の顔が険しくなる。

「…ここが決戦の地となるか…」


父上の声の直後、空に奇妙な音が轟いた。

「…何の音…?」

椛が首をかしげる。父上達もなにかを感じたのか武器を構えた。

空を見上げると、見たことのない大きななにかがこの戦場へ飛んで来ている。

一見カラクリのような、でも大きな鎧を纏ったような人にも見えた。

「あれは…戦国最強と謳われる本多忠勝…」

本多忠勝と呼ばれたそれは、轟々と大きな音と共に地面に降り立った。


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