あの後誰にも見付かる事なく私は武田軍と上杉軍と共に長篠へと向かった。
両軍の動きがとまり、私も同じように立ち止まる。そこから小さく見えるのは徳川の陣。
馬に乗った父上が、陣に向かう、その後ろに幸村が続く。軍神様と両軍はその場に立ち止まってただ馬を進める二人の背中を見ていた。
だけど何故か私は、小さくなる二人の背中に焦りを感じてしまう。どうして、私は今父上達と同じここにいるじゃない!勝手に足が前に伸びる。駄目、追いかけたら見つかっちゃうわ!
「更夜っ」
ガッ、と後ろから強く腕を掴まれて私の体が止まる。その衝撃に私は我に帰った。
「さ、すけ…」
振り向くと佐助が真剣な顔つきで立っていた。
「駄目だよ、追いかけちゃ。」
「わかってるわ…」
佐助に言われなくても、追いかけちゃいけないのはわかってる。
今は駄目、必死にそう言い聞かせながら父上と幸村が徳川の陣から戻って来るのを待った。いなくてもいいって言ったのに佐助はずっと私の隣りにいた。
しばらく経っても父上達は戻って来なかった。かわりに徳川陣からこちらに向かってたくさんの兵が向かって来た。
「佐助っ…!」
不安になって佐助を見る。佐助は険しい顔で向かってくる兵を見つめている。
「徳川の説得に失敗したみたいだな…」
佐助の言葉に、槍を持つ手に力が籠る。
「りょうぐんしんげき!すみやかにてきせいりょくをせんめつしなさい!」
馬に乗った軍神様が刀を掲げて叫ぶ。その声に両軍の兵達は雄々しい声をあげ、徳川軍に向かって走り出した。
「更夜!」
「佐助っ…たすっ…!」
周りの兵に飲まれて、私も徳川の方へと流されていく。佐助の手が伸びたけど、それは私に届く事なく私と同じように兵の勢いに飲まれた。
私はただ流れに従い、周りの兵達と共に坂を駆けおりた。
「ぜんぐん、すみやかにぎょりんよりかくやくにいこう!てきほんじんをおとしなさい!」
再び軍神様の声が響き、軍が二つにわかれて徳川軍を包囲した。
散り散りに、兵が武器を持って走り出す。やっと波から解放された私は、自分の目に映る光景に愕然とする。
刀と刀、槍と槍。武器が互いにぶつかりあい金属音が響く。
兵が相手の兵を斬りつけ、血が噴出す。武田の兵も、上杉の兵も、徳川の兵も、同じように傷を追い、その場に倒れていく。
これが、戦場。父上や幸村達が戦っている場所。こんな恐ろしいところに、私も行きたいと言っていたの?うそ、そんな…。がたがたと恐怖で体が震える。
「武田の兵、覚悟!」
目の前の光景に気を取られ、背後に誰かがいた事に気が付かなかった。声に振り向くと、徳川の兵が私に向かって刀を振り下ろす直前だった。
初めて味わう死の恐怖に私はギュッと目を瞑る。
「がはっ…!」
下りてきたのは、刀ではなかった。
どさり、と私の上に下りてきたのは、私を斬ろうとした徳川の兵の体だった。
「きゃっ…!」
驚いて身を引くと、兵は地面に倒れこんだ。その背中からは血が溢れだしている。
「死んでる…?」
「ここは戦場です。常に神経を尖らせておかねば、無駄死にしますよ!」
凛々しい声、だけどいつも聞いていた声。間違ない、この声は椛の声。
そっと顔をあげると、戦装束に身を包み、血の付いた刀を振るう椛と目があった。
「十六夜様!?何故貴女様がここに…!」
椛の目が思い切り見開かれた。