早朝、女中が起こしに来る前にこっそりと自分の部屋を抜け出し、蔵へ向かう。

そこに昨晩に用意した兵の装いに着替える。男の方用に作られている甲冑や着物は、一番小さい物でも女の私には少し大きい。四苦八苦しながらも着替えて髪の毛を上に結い上げ笠を被る。
これでどこから見ても男ね、きっと。

初めて身に着ける甲冑に戸惑ったのか外に出ると陽が登っていた。たしかもうすぐ父上達が出発する時刻。急いで行かなきゃ。蔵に置いてあった槍を手に持って走り出す(甲冑は重たいけど、歩けない程の重さじゃなかった。稽古してたからそんなに気にならなかったのかしら?)。



「そこでなにをしているのだ!」

聞き覚えのある声に立ち止まる。ゆっくりと振り向くと、視界に入ったのは紅蓮の鬼、幸村だった。

「お主、かような場所でなにをしておるのだ。もう兵達は集まっておるぞ」

「あ、…申し訳ありませぬ幸村様。実はわた…、僕、…いや某、今日から戦に出る新人でございまして…。集まる場所を知らされてなかった故屋敷を彷徨っておりました。」

男と女の話し方が混ざって、おかしな話し方になってしまった。どうしよう、幸村に気付かれちゃう…!
だけど幸村は私を見てにっこりと笑った。

「おおそうでござったか!それは大変でござったな!お主、名は?」

「某は…更夜と申します」

「更夜か、よい名でござるな!更夜殿、某が皆の所までご案内いたそう。」

昔のような無邪気な笑顔。どうやら本当に幸村は私に気が付いていないみたい。幸村は私に背を向けて歩き出した。私は慌てて後を追う。


幸村の背はやっぱり大きかった。小さい頃はあまり変わらなかったのに。
見上げないと幸村の顔は見えない(今見えてるのは、背中に掲げられた六文銭だけ。)。
そんなことを考えてると、あっという間にみんなの所について、幸村はまた笑顔で去っていった。

気付かれぬように兵達に紛れ込む。その時、父上の声がして、そしてすぐに兵達の雄々しい声が響いた。
いつもは遠目に見ていたこの景色も今日は違う。私はここにいる、兵達の中に。私も父上や幸村や佐助や椛や軍神様方と共に魔王を討つの。
私は少し遅れて周りの兵達と同じように拳を高く突き上げた。



*

広い平原に、二つの軍が向かい合う。ひとつは我ら武田軍。そしてもうひとつは軍神様の上杉軍。
馬に乗った父上がゆっくりと上杉軍に近付くと同時に上杉軍の方からも馬に乗った方がこちらに近付いてくる。きっとあの方が、軍神様ね。

ふと、辺りを見渡す。緑色の草や深い森の樹々、広い空。全部、見た事のない景色。



屋敷の外に、こんな景色があったなんて。
改めて屋敷の外に出たんだと実感する。


キィン、と金属音が聞こえて私は視線を父上達に戻す。すると父上と軍神様は互いの武器を交差させていた。

「けんこんいってき!まおうのきょういをうちはらって、ばんみんにあすをとりもどし、われらもまたこころおきなくたたかえる、そのときのために!」

高らかに軍神様の声が響き、父上が頷くと、両軍の兵達の勇ましい声が聞こえた。


「わかきとら」

軍神様が同じように馬に乗っていた幸村に声を掛けた。皆の視線が幸村に集まる。

「よろしくたのみますよ」

「はっ!上杉殿!」


返事をした幸村の瞳には、ゆらゆらと炎が揺れていた。
屋敷ではあまりみせる事のない顔。嫌いじゃない、嫌いじゃないんだけど、その顔を見ると不安になる。

…ううん、不安がる事なんかないわ。だって今私は幸村や父上達と同じ場所に立ってるの。今まで不安だったのは、あの顔は私の知らない戦場でする顔だったから不安だったのよ。だから大丈夫。


すぅ、と深呼吸して笠を深くかぶりなおし、また幸村を見つめた。

その時、

「きゃ…!」

後ろから誰かに腕を引かれ、私はよろめいた。驚いて咄嗟に目をつむると、その直後に、ポスッ、という音と共に倒れかかっていた私の体は静止する。

「…っ…?」

「…姫様が戦場に出て来ちゃ駄目でしょーが」

その声にゆっくりと目を開けると、頭上にいたのは困ったように笑う佐助だった。


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