ふわふわとしている。
地に足がついてないみたいに。
確かここは社会科準備室で、あまりにも陽向が暖かくてそのうち眠くなって。
今俺は夢の中にいるらしい。
『…せんせー?』
『服部先生ー…』
どこからか声が聞こえる。きっとこの声は、姿を見なくても分かる。
アイツの声だ。
『せんせー…すき。』
いつもいつもいつも。
好きだの、かっこいいだの言いながら、俺に寄ってくる。
でも俺は教師で、アイツは生徒。
好きと言われてまんざらでもないくせに、俺は意外とモラルある人間だ。一応立場をわきまえているつもりだ。
…っていうのは、嘘で。
ただ、踏み込めないでいる。
本当にアイツに手を出していいのか、と葛藤しているのにも関わらずアイツは。そんなことも知らずに、ズカズカと俺の中に入り込んで来やがる。
(…苦労してんのにな)
今だってほら、夢の中にまで出てきやがって…。
ほんとにお前は。
と呆れながらも、まぁいいか夢だし。なんて開き直って、夢の中の幻想でしかないアイツをぎゅっと抱き締めた。
(ああ、いいねえ。この感じ)
身長の低いアイツを抱き締めれば、しっかりフィットする。
柔らかい。
あったかい。
幸せだ。
…と、浸る間もなく。
「わっ!」
「…ん?」
「あっ、あの…服部先生…」
バチッと音が聞こえるんじゃないかと思うほど、目の前にはアイツのでかい瞳と視線が合って。
がっちりと抱き締めている俺の腕の中で、顔を真っ赤に染めていた。
夢、じゃない。本物だ。
「渦巻き!!お、おおおお前…なっ、なにしてんだ?!」
自分が抱き締めていたくせに、まるで何かされたかような言い種で。しかも触れていた体をとっさに押しのけてしまった。
それぐらいパニックに陥ってしまったのは言うまでもなく。
(し、静まれ!うるせえよ!俺の心臓!)
聞こえてしまうんじゃないかと思い、隠すように立ち上がり、急いでそこらへんに投げてあった煙草に火を付けた。
渦巻きに触れた手が、まだ熱い。
「で?何の用だ」
冷静を装い問い掛けてみる。いまだ顔の赤い渦巻きは俯き加減で話し出した。
「先生に会いにきた」
「……」
またそれか、と思いながらも正直今そんなことを言われると理性が効かないと焦ってしまった。
…だめだ、とりあえず、落ち着かなければ。
「会いたくて、ここに来たら先生、気持ち良さそうに寝てて、それで…」
「…それで?」
「…服部先生の目をしっかり見てみたくて」
語尾が小さくなっていく渦巻きが、言い終わったあとに本当に小さく「かっこよかったよ」なんていつものごとく言うもんだから。
本当にヤバかった。
今にももう一度抱き締めたい衝動に駆られたが、煙草のフィルターを噛んで耐える。
…もう、三十にもなるオッサンが何してんだよ。
「く、くだらねえな。早く帰って勉強でもしてろ」
我ながら正反対なことを言う口が憎たらしい。
ちょっと言い過ぎた…と思った時既に遅し。
「ご…ごめんなさ…」
弱々しい声と一緒に俺の目に映ったのは涙を溜めた渦巻きの姿。
(あ……)
胸のあたりがぐにゃりと握り潰されたように痛くなる。痔なんか到底甘っちょろいものだと思えるくらい痛くて。
「しつこくしてごめんねっ、先生!今日は帰ります!」
かと思えばぐいっと目尻を拭っていつもの笑顔。…のような作り笑顔をして。
そうさせてるのは俺か、と思うとさらに痛くなる心臓(のあたり)。
渦巻きが立ち上がって振り返って走り出すまで0.0何秒の間に。
俺の体は勝手に動いた。
「…?!」
「………」
「…せん、せ…?」
気がつけば。
渦巻きの腕をがっしりと掴んでいて。まるで行くなと言わんばかりに、そりゃもうがっしりと。
見開かれた渦巻きの瞳に見守られてもごもごと言葉を発した。
「…し、心臓が、痛えんだけど…」
「…え?」
「…じゃなくて…この痛みどうにか出来んのは、お前…なんだけど………ってそうじゃねえ…」
「…………」
「お前に泣かれると痛えんだよ…っつーかなんっつーか…」
あーあーあーあー
俺は一体何を言いてえんだよ。
頭の中では理解しているはずなのになかなか出てこない言葉に苛立ちを感じる(日本語ってめんどくせえなあ!と八つ当たりしてしまうくらいに)。
そんな苛立ちを感じ始めた頃だった。
ゆっくりと向き直った渦巻きが、腕を掴んでいた俺の手を優しく握る。
ほんのりと頬を染めて俺の瞳を見据えて力強く言った。
それは、いつも聞いていたあの言葉。
「服部先生、すき。」
…すき。
たった二文字のその言葉とまっすぐな瞳。
苛立ちも動揺も、どこかへと吹き飛んだみたいに信じられないくらい穏やかな気持ちになって。
「渦巻き」
「…はい」
「抱き締めても、いいか?」
返事なんか聞かずとも、すぐにでも抱き寄せた渦巻きの、戸惑った顔が幸せに満ちた顔にと変化したのは数秒後のこと。
――…「 」。
大切に抱き締めた腕の中で。渦巻きにしか聞こえないように至極小さく呟いてやった。
確かなことはたったひとつ、君が好き君が、好き
「先生…うれしい、です…」
抱き締めた腕を緩めれば、涙を下瞼に並々に溜めた渦巻きがそこにいて。
(やべェ…なにこいつ)
せっかく抱き締めるだけで留めて置こうという理性さえも一瞬で崩れ去るくらい、可愛くて可愛くてたまらずに。
溢れだしてくるこの気持ちに限度ってもんはないもんなのかと、思わずにはいられなかった。
end.
▼アンケート解答の『瞳を見られて焦って真面目に怒る全蔵と怒られて泣いちゃうヒロイン』という設定を参考にしました…が!あろうことかこんなにヘタレな全蔵先生になってしまいました(汗)しかも解答して下さった設定とも一味(も二味も)違う展開になってしまいすみません…リベンジ希望orz
こんな結果になってしまいましたが素敵な解答ありがとうございました!
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