花とありがとう




「ああーーーっ!!」

任務が終わって帰り道。
今日は足場の悪い場所で身体中泥だらけになってしまったから早く帰って風呂にでも入りたいなあ、なんて考えていたら少し前を歩くナルトが突然大声をあげた。

「どうしたのよ、ビックリするじゃない!」

さらに少し前を歩くサクラが振り返り捲し立ている。それでもナルトは聞こえないかのように顔を青くしてわなわなと小さく震えていた。

「お、おおおれ!先に帰るってばよ!」
「はあ?!あんたさっきみんなで一楽行こうって…」
「わり!また今度!」

パンと手を合わせて申し訳なさそうな顔をするナルトに、大きなため息を吐いて前を向くサクラ。その一瞬の隙にナルトはさっと俺の方に近寄って屈ませるようにぐっと肩を掴んだ。

「…家で待ってるから」

耳元でそう呟いて、すぐさま走り去っていく。

全く相変わらず忙しないねえ。

何かあったのか、大方検討のついた俺は口布の中で小さく笑った。
さて、一度自宅に帰ってこの汚れを落としてから急ごうか。あの子が待つあの家に。







辺りはすっかりと日が落ちて、深い紺色がかった空の向こう側にはまだ輝きの弱い月がうっすらと姿を表していた。
誰もいないことを確認して、すばやく窓の縁に飛び移り、コンと小さく窓を叩けばすぐに碧色の瞳が飛び込んでくる。

「先生っ!」
「うわ、ちょっ」

窓を開けたと同時に満面の笑みのナルトが勢いよく抱き付いてきた。

狭い窓の合間からよくもまぁ…とかそんなことを考えている場合じゃない。ぎゅうぎゅうと背中に回された腕の力をいまだに弱めないナルトの耳元でそっと呟いた。

「ナルト、お出迎え嬉しいんだけどね。あと三秒で人が来る」

そう言うとがばりとすぐに離れたナルトは慌てたように俺の手を掴んで窓の中へと引っ張り込んで、その勢いで窓を閉めさらにカーテンをシャッとひいた。
ふーとため息をついているナルトを見て小さく笑い名前を呼んだなら改めて手を広げてみる。
それを見るなり至極嬉しそうなナルトが、ふたたび満面の笑みをこぼして勢いよく飛び込んできた。


「そんなに俺に会えたのが嬉しいの」
「なーに自惚れてんだってばよ。でもまぁそういうことにしといてやるってば」


シシシと笑いながら顔をあげたナルトに、生意気なことを言うのはこの口か、と少しだけ頬を摘まんで。それでも嬉しそうなナルトが可愛くて、いつも通りただいまの挨拶をするかわりに口布をはずしてそっと口付けた。


そういえばまだ靴を履いていたことを思い出して玄関へ行き、黒い靴に手をかける。

「せーんせ!」
「んー?」
「オレさ、いいことがあったってばよ」

靴を脱ぎ終え振り返ると、ベットに腰掛けたナルトがおいでおいでと手招きをしていた。
その隣に腰を下ろしすぐにごろりと横になる。自分のものよりも落ち着く場所に自然と息を吐いていた。
それを見届けてから隣のナルトもごろりと寝転ぶ。
片肘を立てて少しだけナルトを抱き寄せると擽ったそうに肩をすぼめた。

ああ、この感じ。やっぱり落ち着く。

任務の疲れなんて一瞬にして全て吹っ飛んでしまう…とまでは大袈裟だが、ゆっくりと疲労はたしかに消化されていくのが分かる。落ち着くのはこの家でもなくベットでもなくて、ナルトの隣という場所なのかもしれない。


「で?何があったの」

聞いてやれば目を輝かせて話し出すナルト。その純粋無垢さに思わず笑みが溢れてしまう。

「あのさあのさ、枯れてなかったんだってばよ!」
「は?」
「へへっ」
「…あのね、ナルト。文章には必ず主語をつけないと」
「花!」
「花?」
「だーかーら!あれだってばよ!」

びしっと指差す方へと視線を移すとそこには手のひらくらいの大きさの黄色いガーベラの花が二、三個揺れていた。
ナルトの植物コレクションの場所にちょこんと小さな鉢。だけどその花は太陽のある空に向かって力強く咲いている。

「オレさ、二日間任務で家帰れなくて…水あげるってことすっかり忘れちまってて」
「あー、だからあんな声出してたのか」
「うん、あの時思い出してマジ焦ったってばよ!でも帰ってきてみたら大丈夫だったっつーか、むしろ出掛ける前より花が増えててさぁ!」

本当に嬉しそうに話す隣のナルトを横目に見ていると、こちらも自然に口が緩んでしまう。ふいにそのきれいな碧色の瞳と目が合えば、より一層の笑顔を寄越してくるもんだから今にもすぐに引き寄せて抱き締めたい衝動に駆られる。

「そんなに大事な花なの?他のにも水、あげてないんでしょ」
「うん、あれは特別なんだってば」
「へえ。そんな花どこから…。俺は贈った覚えはないしまさか他の奴にもらった…」
「ち、違うってばよ!!んなわけねえだろ!!」

じとり、と不審な視線を送るとナルトはあわあわと慌てたような素振りを見せて危うく吹き出しそうになるのをじっと絶えた。

本当に可愛いな。

そんなことばかり頭のなかを巡る。

「あ、でも違くもないってばよ…」
「…は?」
「いや、だから、これはいのの父ちゃんと母ちゃんにもらったんだってばよ!」
「山中いの?」

首を傾げたようにすれば、うんうんとナルトは首を縦に振る。

「と…父ちゃんと、母ちゃんが、好きだったんだってさ。この花」

言い慣れない言葉を言うようにたどたどしくそう言ったナルトは恥ずかしそうに目線をそらした。そのしぐさに思わず手が伸びてナルトの頭に乗せてみた。撫でてやれば嬉しそうに目を細めるナルトにそうか、と呟くとそよ風に揺れるガーベラに目線を移した。



ま、ぜんぶ知ってたんだけどね。

この花をナルトがもらったってことも、ナルトが他のより大切にしているということも。
そして、なぜ、ナルトの両親がこの花を好きだったのかも。



"カカシ、綺麗だろ?これガーベラっていうんだよ"
"そうですか。なんか…先生みたいですね、色とか…"
"はは。クシナにも言われたよ。でも俺はクシナみたいだなって思うんだ"
"クシナさん?"
"そう。だってね、これの花言葉は…"



ナルトの植物コレクションの空間でゆらゆらと揺れているガーベラを眺めながら懐かしいな、なんて思いにふける。思わず、ふっと口元を緩めたらナルトが怪訝そうに下から覗いている。

「なに笑ってんの?」
「んー?いや…ねえ、ナルト」
「なんだってば?」
「あの花の花言葉、知ってる?」
「はなことば?」
「そ。教えてあげようか」


―――天真爛漫。


そう呟くと、不思議そうに首を傾げたナルト。




"お腹の子がそんな風に…クシナみたいに育ってほしいんだ"





…先生の声が聴こえる。
そう呟いた遠い記憶の優しい碧い瞳。
それとそっくりな色を持つナルトの瞳がぱちくりと瞬きをする。


「てんしん、らんまん…?ってどういう意味?」
「ははは、お前はもう少し勉学に励んだ方がいいね」


うるせーってばよ!と少しだけ頬を膨らまして言うナルトがやっぱり可愛くていよいよ引き寄せて抱き締めた。
ナルトのごわついただけどキラキラな髪に顔を埋めて、ナルトの匂いを胸一杯に吸い込んで。ゆっくり離すともううっとりと見詰めてくるナルトの瞳。
そのすぐそばの目蓋に優しく口づけるとくすぐったそうにきゅっと目を瞑る。

「お前のことだよ」
「え?」
「…天真爛漫」

純粋で無邪気。明るくて素直。
辛いときや悔しいときは歯を食いしばって、楽しいときや嬉しいときは太陽のような笑顔を振り撒くその飾らない心。

ぜんぶぜんぶ、お前に当てはまる言葉。

だからなのか、あの花はなんだか他の花よりもそこはかとなく愛しいんだ。


「へ、へえ…そうなんだ」
「うん、どうした?赤い顔して」
「な!なんでもないってばよ!…ただ、」
「?」
「これからも大事にしようって思ったってば」


両親のことを知って少しだけまた孤独に飲み込まれてしまうのではと思ったけれど、当の本人はその逆で前よりも強く生きている。
そんなナルトの隣にいるだけで、ぬくもりを感じるだけで、心も身体も満たされていくようになったのはいつからだったか。
そう、あの黄色いガーベラのような花が心のなかでいつも咲いているみたいに。
そんなことを感じるのは本当に生まれてから初めてなんじゃないかと思うほど。


「なんか、妬けるなぁ。俺よりもあの花の方が好きなんじゃない」「な!そんなワケ…っていうか花にまで焼きもち?!」
「いけない?だってナルトのこと好きなんだもん」
「だーーーっ!!そんなこっ恥ずかしいこと耳元で言うなってばよ!」


ははは、と声を出して笑うともう、と困ったように真っ赤な顔をしてうつ向くからもっとその顔を見せてほしくて顎にすっと指先を滑らせて。

「ナルト、」

名前を呼んで、ゆっくりと指先で顎を上げればきれいな碧色でじっとまっすぐ見詰められる。
いつまでたっても焦がれるその瞳に近付いていけば、目蓋を閉じたことで一瞬で見えなくなる瞳のかわりに。

唇に柔らかいナルトのそれが触れられる。
くっ付けては離して、またくっつけて。次第に深くなる口付けと比例してぴったりと寄り添うようにナルトの身体を引き寄せて。

呼吸さえもどかしい。離れている箇所がないほど、お前のぬくもりを感じたい。

もっともっと、深く深く。
もっともっと、近付いて。

溶け合ってしまうくらい、お前を感じさせてほしいんだ。


凍てつくような記憶。生きていてはならないのではないかという罪悪感。
そんな冷えきった土壌に、花を咲かせてくれたナルト。

お前が隣にいるなら、枯れることはないでしょ。


「せん、せ…っ」
「…ん?」
「離さないってばよ」
「…うん」
「どこにもやらない」


ぐっと引き寄せられて、今度はナルトから唇を寄せて。俺の頭を包み込むようにぎゅっと抱き締めた。

はは、参ったね…。一瞬心の中を読まれたような気がしたよ。

ナルトに一杯食わされるとは俺もまだまだだなぁ、なんて考えながらもちょっとだけ、ほんのちょっとだけ目頭が熱くなってしまって本当に参ったと思った。

またひとつ、花が咲いて行くのが分かる。

包み込まれた頭を丁寧に撫でるナルトの背中に手を回して、

―――ありがとう。

きっとお前の耳には届かなかったかもしれないけれど、これからたくさん伝えて行くから。


「ナルト」
「なんだってばよ、せんせ」


名前を呼べばすぐに返事が聞こえるその距離にずっとずっと居てほしい。

抱き締められた胸のなか、愛しい鼓動を感じながらふと、顔を上げれば慈しむような笑顔を向けられて。
溢れだしそうになる思いと一緒にもう一度引き寄せて口付けた。




花とありがとう


end.



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四代目思い出したあとになに息子といちゃついてんだよっていう突っ込みお待ちしております(…)
長々とすみません!ちなみになんでお花が枯れなかったかはカカシ先生が分身かなんかでお水をあげてたからです。そしてそのこともぜんぶ何もかもナルトは知っている…という無駄に長い設定。ナルトサイドでも書きたかったんですがさすがに長いのでぶん投げした(^q^)おっとここも長くなってしまったー!ということでラストはカカナルでお祝い!先生おめでとう!

sep15,22に提出/20121020.



























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