ないしょだよ、
しん、とした放課後の教室。日が落ちるこの時間は薄暗く、昼間授業で見る時とは違う顔に見える。
「誰かが来たらどうすんすか」
「…どうしようね」
壁際、オレは自分の席に腰掛けて見詰める先にやる気のない瞳。
だけど片手を机について屈むそいつの口は妖艶に少しだけつり上がっていて…ぞくりとどこかが揺れるのは普段のマスク姿を露出しているからなのか。
「もっと焦ったりしたら?」
「焦ってないように見えるんすか?」
「そう見えるよ、お前全然高校生らしくないよね」
そう耳元で囁かれて、呼吸が少しだけ深くなった。本当は分かっているくせに、わざとそんなことを言ってオレの反応を楽しんでいる。
隠してるつもりでも、オレの体中がそいつの一つ一つに敏感になっていることを、絶対に分かっていて。
色の違う瞳の視線が、それを射止めるように真っ直ぐに突き刺さるから。
「…あんたこそ、もうちょい教師らしくしたらどうすか」
「教師らしいことすればいいの?」
でも本当は、その瞳すら小刻みに揺れていて。
次の瞬間には、そいつの脈が分かるほど近付いて。
「そんなこと、出来るわけないでしょ」
唇同士が触れる、薄暗い教室。
雑音も聞こえないほどそいつに夢中になるのはその感触だけじゃない。
(…乱れてる)
聞こえてくる脈の音。
隠しているつもりだろうが、伝わってくるものは確かで。
それが分かる瞬間、オレは悔しいことに悪い気がしないどころか、必死に受け止めたいと思ってしまうから。
だから今日もそれには気付かないふりをして、そいつの音に唇に、何もかも呑み込まれていく。知らないふりして騙されていく。
少しだけ瞼を上げれば見えるのは、オレに夢中なあんたの顔。紛れもないそれが本当のあんたの表情。
とてつもなく、堪能な世界。
ないしょだよ、
(僕たちはそうやって密やかに、けれど触れ合わずにはいられない)
end.