そそくさと歩く後ろを着いていくと、途中でサクラが言っていた渡り廊下が見えた。
ここから図書室や司書室が見えるのかとぼんやり考えて、その方向を見てみると確かに二つの教室が見えて。そしてその先にずっと会いたいと思っていた銀髪の人物の姿があたしの瞳に飛び込んできた。

「あ、」

と思わず声が漏れる。その瞬間ふとこちらを向いた先生の姿。一瞬だけ、目が合っただろうか…。それを遮ったのは、今まで前を歩いていた先輩たちだった。

「何見てんの?」

鋭い眼で睨み付けられる。他の先輩たちも同時に睨むもんだから、正直に「先生を見てました」なんてとても言えないと思った。

「カカシ先生、人気あるの知ってるよね?」

ついさっきサクラに聞いたけれど、事実上は知りませんでしたとは言える雰囲気ではなくあたしは小さく頷いた。

「アンタも好きなのかどうか知らないけど、委員会を理由にして先生に会いに行くのやめてくれない?」
「私たちだって話したいけど接点がないから我慢してんの」
「てゆーか後輩なら後輩らしく大人しくしててくれないかな?」
「抜け駆けとかタチ悪いよね〜」

次々と言われる言葉に最初は大人しく聞いていたけどだんだんと腹が立ってくる。接点がないから我慢してるだとか抜け駆けだとか、そんなものは自分から動けば解決するものなのに。結局は僻みだということも分かっているけどここまで言われる筋合いはない。

でもここで何か言い返したりしたらきっと面倒になるだろう。

あたしはだらりと下ろした手を見えないように握り締めて早く終わらないかと耐えていたら。

「ま、カカシ先生はアンタなんか相手にしないだろうけどね〜」

この一言が聞こえた瞬間一気に耐えていたものが崩れ出した気がした。
人に言われなくても重々分かっているのになんでこのタイミングで、話したこともない先輩に言われなきゃならないのか。
今までの苛つきが堰を切ったように溢れ出した気がした。

「先輩方に言われなくたって分かってます、あたしどころか生徒には興味ないですもんね」

こんなことをする先輩たちも含めて…と嫌みを込めて言い放つ。
冷めた目で見やれば途端に頬への痛みと共に乾いた音が響いた。
人生初の平手打ち。

「調子に乗ってんじゃねーよ!」

いよいよ本性を表したのかたった今平手打ちをした一人があたしの胸ぐらを掴んでくる。
嫌みなんて言ってみたものの、生まれてこのかた殴り合いの喧嘩なんてしたことのないあたしは、ようやく恐怖が少しずつ芽生えてきて、また殴られるかも!と目を瞑った。

どうしてこんなことになったのか…、元はといえば先生を好きになったあたしが悪いの?

そんな卑屈めいたことを考えたところで。
後ろの方から聞き慣れた声と匂いが鼻を掠めた。

「おいおい、5対1じゃ分が悪いだろ」
「アスマ先生…」

相変わらず校内で煙草を吸っていた彼はあたしの担任だった。
あたしの胸ぐらを掴んでいた先輩は焦ったように離し、気まずいそうに俯いた。

「こんなとこで喧嘩してる奴なんざ今の時代でもいるもんだなぁ、それともあれか?イジメってやつか?」

鋭く先輩たちを睨みつけたアスマ先生は担任として教室にいる時とは違いとても威厳があった。

「うずまき!お前は靴履き替えて帰れ。上履きだろそれ」
「あ…はい」

あの、とお礼を言おうとすれば「また明日な」と促され、仕方なくぺこりと礼をしてその場をあとにする。
いつもは紅先生のことでデレデレな我らの担任がすごく頼もしいと思えて、明日必ずお礼をしようと決めて昇降口へと走る。

ひりひりと痛み出した頬が今更になって目に涙を溜めた。このくらい平気だ、と思いつつ先輩が言った「アンタなんて相手にしない」という言葉がぐるぐると脳内を巡る。
頬よりも、胸が苦しい。

昇降口につき、上履きについた土を払った。
熱を持った頬が煩わしくて少しだけ冷やしていこうと思い近くのトイレに向かう途中。

「せんせ…、」

胸の苦しみが鼓動に変わる。
司書室から出てきたのだろう先生が銀髪を揺らし階段を下ってきた。

「ちょっといい?」

そう指さされたのはあたしが立っていた場所のすぐ隣りにあった扉。
その先には資料室といって所謂物置のような普通の教室よりも小さい部屋があった。

先生は周りを見渡してからそこに入り手招きをする。
一歩そこに入ってみると窓も荷物が積まれているため薄暗い。

「先生、あの…」

とりあえずこないだのキスのことを謝らなくちゃ。そう思ってもなかなかうまく言葉が出なくて。だけど今まで逸らされてしまっていた瞳が優しくあたしに向けられていて、それだけでもう涙が出そうになってあたしはすぐに俯いた。

「ここ腫れてるけど、大丈夫?」

ここ、と自分の頬を指差しながら問われたからあたしは再び先生を見上げる。やっぱり瞳は優しかった。

「…ちょっとぶつけちゃって。大丈夫です」

そう言えば生傷が絶えないのネ、なんて言って前みたいに笑ってくれたから。
マスクで覆われていたけれど、瞳は優しく弓なりに曲がっている。
その笑顔はあたしの心を素直にさせた。

「先生、この前のこと…ごめんなさい」

先生のこと、好きになりました。


ごめんなさいも好きだという言葉も、不思議なくらい自然と言えて。
もう目も逸らすことなくしっかりと見詰めることが出来た。

先生から帰ってきた言葉は、予想通りの言葉。

「ありがとネ、受けとることは出来ないけど素直に嬉しいよ」

いつもみたいに優しくて、どうしてもっと早く言えなかったのだろうと後悔して。
それでも、そんなあたしに初めて撫でてくれた時みたいにまた大きな手を頭に乗せてくれた。

「また暇なとき、司書室においで。お前と話するのは嫌いじゃないよ」

その一言でさっき引っ込んだ涙がまた溢れ出してくるようで。
先生は頭を撫でながら、目を逸らしたり大人げないことしてごめんな、と言ってくれた。
優しくされたら、もっと好きになってしまう。
だけどそれでもいいと思った。
もう振られてしまったけれど、この人をとことん好きでいたい。
もちろん叶わないことは承知の上だから。

だから、せめて今だけでいいから。

「カカシ先生…」

とん、と先生の胸に寄りかかって初めて先生の名前を呼んで。

「今だけ、明日からはちゃんと生徒になってこんなことしないから」

我が儘言ってごめんね。

だらんと下げられた先生の片手を両手でぎゅっと握った。少しだけ停止した頭の上の先生の手。
ポタリと床に涙が落ちたとき、ポンポンと頭の上の手が動いたと同時に。
もう片方の手できっちりとあたしの手を握ってくれた。


「出血大サービス」

上の方から聞こえた先生の声。じわりじわりとまた涙が落ちる。
お互いに冷たかった手がすぐに温かくなるのを感じながら、

「カカシ先生、ありがと」

嗚咽で言葉にならなくて本当に良かったと思った。

大好き、大好き、カカシ先生がだいすき。

そう何度も何度もうっとおしいくらい、言いたくなってしまったから。




(泣きながら呼んで、)



end.


back

「#幼馴染」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -