ひゅっと吹いた風は、もう春を知らせるかのように温かい。
昨日キバと別れたあの公園には当然ながらもう誰もいない。朝の木漏れ日は眩しくて瞳を薄く閉じたけれど、まとわる空気はなんとなく背筋をシャキッとさせてくれた。

(キバ…あれからどうしたかな…)

少しの不安はあったけれど、学校に着けばその不安はすぐに打ち消された。

「よォ、おはよーさん!」

ガヤガヤと騒がしい廊下。だけどキバの声だとすぐに分かった。
2mくらい離れた場所から、キバの声と、そして笑顔。
八重歯を出して笑うキバにあたしは嬉しくなって今にも泣き出しそうになってしまったけれど。

昨日の、肩を震わせて話したキバを思い出して。
ぐっと涙をこらえた。
ここで泣いたら、キバに悪いと思ったから。

「なぁナル子ー、課題見せてくれよー」
「まーたやってないの?仕方ないなぁ、今日だけだよ?」

普段通りに話してくれるキバにあたしもおんなじように答えれば、眩しくて優しい笑顔をくれた。

ありがとう、昨日から唱えるように心の中で呟いて。それでも伝えたくて仕方なくて思わず口に出してしまいそうになるのをぐっと堪える。
ごめんねやありがとうなんて、多分、言わない方がいい。
普通に何も変わらずに話してくれる態度がなによりもキバの優しさだって分かってるから。

鐘が鳴って、教室へ戻る。そのうちいつも通りアスマ先生が煙草の匂いを漂わせながら入ってきて、朝の点呼が始まる。

いつも通りの風景。

毎日毎日、同じことを繰り返していたはずなのに最近はずっと、こんな風にゆっくりと学校の朝を感じていなかったなぁなんて思った。

ふと、向かいの校舎を見ればちらりと見えた見覚えのある白衣の裾。柱で顔は隠れていたけれど一瞬だけ外からきらきらと差す日の光を浴びた愛おしい銀髪が見えた。

会いたい、顔が見たい。

思った瞬間、あのとき司書室で触れられた指先を思い出して胸がきゅっと締め付けられた。

(早く、会いたいな…)

キバのことも報告したい。何よりも昨日のことが夢みたいだったから、現実なのか確かめたいのが本音。
まだ始まったばかりの朝を歯がゆく思いながら、あたしは放課後を待った。







キーンコーンカーンコーン…―――。


鳴り響く聞き慣れた鐘の音は、本日の授業の終了を知らせる合図。

今日は一度も会えなくて、放課後が近付いてくるたびにソワソワしたりして。この気持ちは好きになったばかりの時と全く変わらないなぁなんて思ったら少し笑えた。

本当は昨日のことが夢だったら…?なんて不安に思ってしまうこともあって、一瞬だけ図書室に入ることを躊躇って。

(先生…)

だけどやっぱり会いたい気持ちにはかなわない。戸惑いをぬぐい去って図書室の扉をあける。
誰もいない空間、自分が歩く足音だけが鳴り響いてなんだか余計緊張して。

司書室へと繋がる扉に汗ばむ手をかけて、ひとつ深呼吸。
そっとそっと、ゆっくりと開ければ。


「いらっしゃい」

そこに見えたのは会いたくて仕方なかった愛しい人。
昨日のことがとても夢だとは思えない優しい瞳があたしに向けられた。

「おいで」

少し距離があるのにその柔らかい声音にドキドキして。そばに近寄れば一層鼓動が響いて、聞こえないかな…なんてちょっとだけ恥ずかしい。

「あのね、せんせ」

恥ずかしいと思いながらも、キバのことをちゃんと報告しないといけないから心をしっかり落ち着かせて。
ひとつひとつ、昨日の出来事を伝えれば、安心したように微笑んだ先生が見えた。

「…そうか、良かったな」
「うん…」

白衣のポケットに手を入れたまま見下ろされた先生の瞳は至極優しくて、じっくり見たいのに見てしまったらまたドキドキが止まらなくなって。
結局俯いていたら、そっとあたしの手に先生の手が重なった。

「カカシ、せんせ…?」

思わず見上げれば、今度は困ったような微笑みが見えて。
どうしたんだろう?
思いながら、触れられたところがすごく熱い。

「本当は心配だったんだ」
「え…?」
「あいつと話せば、お前があいつんとこに行っちゃうんじゃないかってネ」

…いつからこんなに、心配性になったんだろうね。
なんて、そう言いながらぎゅっと握られた手。
その手もあたしを見る瞳も熱くて、今にもめまいが起こりそう。

「あたしだって、」
「…?」
「あたしだって不安だったんだよ。昨日のことぜんぶ夢なんじゃないかなって思ったり…うわっ!!」

言い終わる前に、なぜかぐいっと引き寄せられて、引き寄せられた先には机の前にしゃがんだ先生のすぐそば。

「じゃ、もっかいする?」

"ていうより、させて、かな。"



その言葉を最後に、近付いてくるキレイな顔立ち。返事をする間もなく、あたしは瞼をとじて。

(返事なんて、決まってるんだけどね)






そう思えるようになったのは、ぜんぶぜんぶカカシ先生のおかげ。
こんなに誰かを好きになったのも、先生がぜんぶ教えてくれたから。

先生がぜんぶ、初めてをくれたの。

だから先生。
もっと教えて。

これからもあなたのそばで、あなたから教えて欲しいことがいっぱいいっぱい、あるから。

だからここからあたしたちはスタートするの。

夢じゃなく、確実に隣りにはあなたが居る。
そう告げられたように、誓うように、この場所で。

隠れるようにお互いしゃがんだ机の影で。

あたしたちは内緒のキスをして、内緒の恋が始まるの――。







(全部、君が初めて)

fin & Special Thanks!!





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