「本当に大丈夫?」


心配そうにあたしを見るカカシ先生に不謹慎ながら頬が弛んでしまう。

「大丈夫です!ちゃんと言ってきます!」

にっこりと笑えば、安堵するよう先生も優しく笑ってくれた。

「ん、分かった。気をつけてな」

ポン、と落ちてくる先生の手のひら。
初めて話したときもこんな風に頭を撫でてくれた。それから何度も何度も…。そして今、先生と気持ちが通じ合えるなんて。奇跡、なんて言葉を今までで初めて思い浮かべた。

「カカシ先生…?」
「ん?」
「明日も、会いに来てもいい?」

控え目に俯きながら言えば。わざわざ腰を曲げて目線を合わせてくれた先生が「もちろん」とまた笑ってくれた。
この怖いくらい幸せすぎる気持ちに満たされて、あたしは気合いを入れた。
先生の見送りに手を振って、司書室をあとにする。先生の優しさがあたしの背中を押してくれるかのようで、胸に手を当てて幸せな余韻を落ち着かせた。

(………よし。行かなきゃ)

駆け出した先にはあたしを大事に想ってくれている人がいる。いつも助けてくれて元気づけてくれて…待っていてくれる人。
きっとあたしはその人を傷付けてしまうかもしれなくて。悲しむ顔をさせてしまうかもしれなくて。

それでもあたしは行かなきゃいけない。
本当のことを話さなきゃ。





教室に近付くにつれて見えてきたその黒髪。
わざわざあたしの鞄まで手にしたキバが、教室の前の廊下、窓辺に寄りかかりながら外を眺めていた。
いつも元気なあまり見ないキバの、なんだか寂しそうな表情にチクリと胸が痛くなる。

けれど。



「キバ…」

意を決して話し掛ければ、ふいと顔を上げたその寂しそうな表情が一瞬にして笑顔に変わる。

「おう!待ってたぜ!」

笑ってくれているのに胸の痛みはやっぱり止んでくれない。無理に笑ってくれているようにも見えてしまって。

「どうした?やっぱ委員会の仕事かなんかだったかー?」
「うん、あの…ね、キバ…」
「まっ、いいや!帰ろうぜ!今日も一緒に帰る約束だろ?」

あたしの言葉を遮って、そう言ってあたしの鞄を差し出した。
その様子がなんだか居たたまれなくて、何も言えなくなってしまった。
ただ頷いて鞄を受け取る。

もしかして、キバは気付いているのかな?
そう思ってしまうほど、キバの背中は悲しそうだった。



校舎をでると空はもうすっかり茜色を帯びていて、部活動で賑わう中それを遠くで聞きながらあたしたちは校門を出た。

言わなきゃいけない。
そのことばかりが頭を巡って簡単な会話さえ出てこないあたしにキバが口を開いた。


「公園にでも寄ってかねえか?」

微笑んでいるのにキバの瞳がさっきから寂しそうなのは気のせいだろうか。あたしはうん、と頷くとそのまま何も言わずに公園へと歩いた。

少しだけ吹く冷たい風と、カラスの鳴く声。
もう夕日が沈みかけているからか公園には誰もいなかった。


「キバ…」
「ブランコなんて何年も乗ってねえなぁ!」

やっぱり話を遮るキバはブランコへ走り寄って子供みたいに乗り始めた。それを見てトボトボとついていきあたしも隣りのブランコに座る。
キーキー、と隣りからブランコを漕ぐ音が聞こえた。

「ナル子ー」
「ん?」
「それで?」
「えっ?」
「話、あんだろ?なかなか聞いてやれなくてごめんな」

やっと落ち着かせたからどんと来いよ!
前を向いてブランコを漕いだままそう言ったキバ。やっぱりなんとなく、気付いていたんだと分かってぐっと痛くなった胸を押さえた。

(キバ…。ちゃんと、ちゃんと言わなきゃ…)

焦る気持ちと痛む胸。
そんなとき思い出すのはカカシ先生のあの手のひらだった。あたしの頭のうえに乗せてポンと撫でるあのぬくもりを思い出す。

先生が、背中を押してくれたんだ。

痛みをぐっと耐えて、顔を上げて。
キバ、と力強く呼んだ。

「あたし、ね。」
「おー」
「やっぱり、カカシ先生が好き」
「………」
「嫌いになることなんてないから。ずっと先生が好きだから。だから、」
「………」

「だからキバはもう、待たないで」


…待たないで。

もう一度呟けば、沈黙が少し続いた。その間にも、あたしはキバの顔を見れなくて。怖くて。
そんな弱いあたしを許して欲しいなんて、自分勝手なことばかり頭を浮かぶ。

ブランコを漕ぐ音だけが響く。もう夕日は一部分しか見えなかった。


「ナル子、」

ふいに呼ばれてそちらを見やれば。
そんな一部分しか出ていない夕日の朱に照らされた空間の中、キバがブランコから飛び降りて。
茜色の光がキバの黒髪について行くようにキラキラと照らす。
地面に着地しても尚、それは消えなかった。


「お前を信じる」
「キバ…」
「…だから、アイツも…カカシ先生も信じてやる」
「………、」
「カカシ先生にやっと届いたのか?」
「…うん」
「この先、先生のことで泣いたって助けてやんねーぞ!」
「…うん、」
「教師と生徒の恋愛なんて、ろくなことねーぞ!」
「…う、ん」

「ナル子!」



今まで前を向いたままだったキバが初めてこっちを見た。
夕日の光でもない、煌めき。
キラキラ。
煌めいたのは、キバの笑顔。


「良かったなナル子!おめでとうな!」

言われた瞬間、堰を切ったかのように溢れた涙。

ありがとう、呟けばキバは嬉しそうに笑ってくれた。

「はーあ!こんなにいい男前がここにいるってのによー、後悔したって知らねえからな」

歩み寄り、そう言ったキバがあたしの涙をカーディガンで乱暴に拭った。こすれて赤くなった鼻を啜ってあたしもにこりと笑ってみせれば、一瞬だけ。ほんの一瞬だけキバは泣きそうな顔をして。

「キバ…?」

呼べばたちまちくるりと後ろを向いたキバが静かに話し出した。

「このまま、先帰って」
「キバ…」
「頼むから、かっこわりーとこ見せたくねんだよ」

分かれよ馬鹿野郎。
そう優しく呟いたキバの手はぎっちりと拳ができていて小刻みに震えている。
その手に触れてしまいたくなる衝動を精一杯振り切った。

「じゃあ…行くね…」

ゆっくりと翻してそこから一気に走り出す。
ありがとう、もう一度小さく呟いた言葉はキバにちゃんと届いたかな?

苦しかった。
振り向いて、震えるキバに触れたかった。

だけどそれはキバの気持ちを無碍にするから。
ぐっとこらえて家路を急ぐ。

あたしのために、ああ言ってくれた。
いつもだった。いつもいつもキバは、優しかった。

ありがとう

何度も何度も。
心の中で、繰り返す。
届いて欲しいと、もうほとんど見えない茜色に願って。



end.


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